Snapchatを運営するアメリカのSnapが、2026年9月16日(現地時間)にロサンゼルスで開いた発表会で、ARグラス「Specs」の周辺を固める一連の新発表を行いました。柱となるのは、利用者の予定や目標を把握して先回りで情報を出す新しいAIサービス「Specs Intelligence」です。あわせて、Wi-Fiのない場所でも通信できる「Specs Charging Case with Cellular」、動画配信やスポーツ、翻訳などの新しいAR体験、SalesforceやAWS、NVIDIAと組んだ企業向けの展開が明らかになりました。Specs本体は2,195ドル(約34万円)で予約受付中で、出荷は今秋にアメリカ・イギリス・フランスで始まる予定です。
頼まれる前に動くAI「Specs Intelligence」
今回の目玉は、Specsという名前を冠した新しいAIサービスです。Snapはこれを「先回りするAI(anticipatory AI)」と呼んでいます。従来のチャット型AIが指示を待ってから答えるのに対し、Specs Intelligenceは利用者が接続したアプリやツールから目標・優先事項・人間関係・生活のリズムを学び、助けが要りそうな場面を見計らって情報や次の行動を自分から差し出す、という設計です。
具体例としてSnapが挙げているのは、会議の前に決めるべきことや聞くべき質問、覚えておきたい点をまとめて示す使い方や、出張の前にフライト・ホテル・食事の予約を1か所に集めつつ、滞在中に重なる仕事の締め切りを注意喚起する使い方です。サービスには、仕事や家族といった生活の領域ごとに情報を整理する「Corners」、目標を設定して進み具合を追う「Goals」という機能も用意されます。
注目したいのは、このサービスがiPhoneとMacでも動く点です。ARグラスを持っていなくても利用でき、Specsを装着している場合は、その個人的な文脈が視界の中まで広がります。旅行中に「Hey Specs」と呼びかければフライトやホテルの情報が目の前に表示され、出勤前に1日の予定を尋ねれば、スケジュールの概要と可能な範囲での会議準備を含む朝のブリーフィングが返ってくる、という想定です。
提供の始め方は2段階です。アメリカ在住の18歳以上であれば、iOS向けの「Specs」アプリを入れるだけで招待なしにプレビュー版を試せます。ただしモバイル版のプレビューはGoogleアカウントを接続し、GmailとGoogleカレンダーをもとに自分が時間と注意をどこに使っているかを可視化する機能に絞られており、先回りの提案や行動の実行までは含まれません。より完全な体験はMacアプリ経由の招待制アーリーアクセスとして提供され、公式サイトやアプリからウェイトリストに登録した人に順次メールで案内が届きます。
プライバシーについては、Snapの社員が利用者の個人コンテンツを閲覧・アクセスできない設計とし、接続したアカウントの内容をAIモデルの学習やファインチューニング、広告のパーソナライズには使わないと明言しています。処理は端末上と保護されたクラウド基盤を組み合わせる形です。
Wi-Fiがなくてもつながる、セルラー内蔵の充電ケース
Specsは6月の発表時点で、本体の連続使用が混合利用で最大4時間、付属の充電ケースを合わせて最大20時間という仕様が示されていました。今回はその充電ケースの上位版として、携帯電話回線に対応した「Specs Charging Case with Cellular」が加わります。ケース単体で4回分の追加充電ができる点は標準ケースと同じで、これに通信機能が載る形です。
アメリカではVerizonがパートナーとなり、専用のデータプラン、分割払い、デジタル上でのセットアップ、一部店舗での体験の提供を担います。セルラーケースを含む「Specs Connected Case」バンドルの価格は2,395ドル(約37万円)で、本体単体との差額は200ドル(約3万1,000円)です。対象者には36か月の分割払いも用意されます。ウェアラブル向けのデータプランはVerizon契約者が月10ドル(約1,600円)から、他社の契約者が月20ドル(約3,100円)からです。
フランスではOrange、イギリスではEEと提携し、各国の通信事業者を通じてデータプランが提供される予定ですが、料金はまだ公表されていません。屋外でのナビゲーションや動画のストリーミングは通信を前提にするため、スマートフォンのテザリングに頼らずに済むこの選択肢は実用面で意味の大きい追加と言えます。
映画館級の画面で動画、NBAの練習、60言語の字幕
ハードウェアの仕様は6月の発表から変わっていません。表示はSnap独自のLCoS(シリコン液晶)を用いたディスプレイで視野角は51度、Snapdragonプロセッサーを2基載せた完全自立型という構成です。今回はその上で動く体験の顔ぶれが大きく広がりました。
エンターテインメント面では、Specsのブラウザーを使ってYouTubeやHBO Maxなどの動画を、約3メートル先に115インチの映画スクリーンを置いたような感覚で視聴できます。Spotifyとの連携で音楽も再生でき、HBO Maxとはクリスマスに配信が始まるドラマシリーズ版「ハリー・ポッターと賢者の石」に合わせたコンテンツをSpecsに持ち込む取り組みも進めています。
スポーツでは、NBAおよびWNBAと組んで、視覚的なガイドやドリル、進み具合の合図を現実の空間に重ねるバスケットボールの練習体験を開発中です。サッカーやゴルフのトレーニング用レンズも用意され、来年には「ALO Wellness Club」が、運動や回復、マインドフルネスをガイド付きで体験できるコンテンツを提供する予定です。教育向けには、アポロ11号の月面着陸を対話形式で再現する「Apollo 11」や、周囲に星座を重ねて表示する「Starmap」があります。
日常用途では、話し相手の外国語を60言語に対応した字幕として視界に出す「Translation」、目的地を入力するか声で伝えると道案内が現実の風景に重なる徒歩ナビゲーション、近くのレストランや名所を探してレビューの翻訳や通貨換算までこなす「Tripadvisor for Specs」がそろいます。買い物では、Shopifyの商品カタログを使って商品を3Dで眺め、原寸大で自分の部屋に置いて収まり具合を確かめられます。
仕事向けには、PCと無線でつないで画面を机の外まで広げる機能、ブレインストーミングや図の作成に使える「Whiteboard」、Bluetoothキーボードなどの周辺機器への対応が挙げられています。
2人で同じ空間を共有する「Connected Lenses」とSnapchat連携
ARならではの機能として、Specsを装着した2人が同じ物理空間でデジタル体験を共有できる「Connected Lenses」が用意されます。最初のラインアップは、NBA選手のジミー・バトラー氏が登場するドミノ、チェス、卓球の3つです。ヘッドセットのように視界を覆わず、隣に座る相手の顔を見ながら遊べるのが特徴です。
Bluetoothでスマートフォンとつなげば、通話の応答、通知の表示、音楽の再生ができます。Snapchat自体もSpecs向けに作り直されており、指を鳴らすだけでスナップを撮影したり、自分の見ている景色を友達に見せながらハンズフリーでビデオ通話をしたりできます。
プライバシー面では、Specsは顔認識で人物を特定せず、周囲を理解するために世界を録画し続けることもなく、音声・映像・写真を継続的に記録・保存しない設計だと説明されています。撮影や録画・録音を始めると、フレーム中央の外向きLEDが点灯または点滅して周囲に知らせます。
Salesforce、AWS、NVIDIAと組む企業向けSpecs
個人向けと並行して、Snapは企業向けの展開も打ち出しました。相手はSalesforce、Amazon Web Services(AWS)、NVIDIA、Trifork、Hololightなどで、店舗のフロア、工場、現場作業といった机の前ではない仕事に向けて、両手を空けたまま情報や指示、共同作業を視界に届けることを狙っています。
SalesforceはAIエージェント基盤「Agentforce」をSpecsに持ち込み、従業員が目の前の物を識別し、問題のケースを起票し、関連情報を呼び出してワークフローを更新する、という一連の操作を別画面に戻らずに済ませられるようにします。AWSとは、仕事向けAIアシスタント「Amazon Quick」をSpecsにつなぐ取り組みを進めており、小売店であれば店員が商品の置き場所や在庫数を尋ねると答えが視界に返ってくる、という使い方が想定されています。
NVIDIAとは、同社のXR向けAI基盤「NVIDIA XR AI」の上に構築したエージェントをSpecsで動かし、作業者の周囲を理解して社内データを参照しながらリアルタイムに助言する仕組みを開発します。Triforkの「Tandem」は現場の技術者と遠隔の専門家やAIエージェントをつなぎ、専門家が技術者の視界に注釈を書き込んで作業を導けるツールです。Hololightは映像ストリーミングによってSpecsを空間ワークステーションに変え、ツールや文書、3Dモデルをどこからでも扱えるようにします。企業が大量導入するうえで欠かせないモバイルデバイス管理(MDM)やセキュリティ制御についても、管理ツールのベンダーと共同で整備を進めているとしています。
10月1日からロサンゼルスで実機体験、日本での販売は未定
Specs本体の価格は2,195ドル(約34万円)で、返金可能な200ドルのデポジットを払って公式サイトから予約できます。出荷は今秋、アメリカ・イギリス・フランスで始まる見込みです。10月1日からはロサンゼルスの商業施設Westfield Century Cityに「Specs First Look」という体験拠点が開設され、実機のデモを試したりSpecsチームのメンバーと話したりできるようになります。ホリデーシーズンを通じて新しい体験が順次追加される予定です。
※1ドル=156円換算(2026年9月17日時点)
まとめ
6月に発表されたSpecsの本体仕様はそのままに、今回の発表会ではその上で何ができるかが一気に具体化しました。先回りで動くSpecs Intelligenceは、ARグラスがなくてもiPhoneとMacで使える点で、Snapが本体より広い層にサービスを届けようとしていることがうかがえます。セルラー内蔵の充電ケースや通信事業者との提携、動画配信やスポーツ、翻訳、買い物といった体験の充実、Salesforce・AWS・NVIDIAを巻き込んだ企業向けの動きも含めて、約34万円という価格に見合う使い道をそろえにかかった格好です。日本での販売時期は依然として明らかになっていませんが、ARグラスの本命候補として秋の出荷後の評価が注目されます。
