ドイツのユーリッヒ研究センターに設置された欧州初のエクサスケール(毎秒100京回超の演算)スーパーコンピューター「JUPITER」が、脳科学から気候、無線通信、量子まで幅広い分野で成果を上げています[1]。NVIDIAのGrace Hopper Superchipを搭載した同機は、ドイツ・ハンブルクで開かれた国際会議ISCで4つの研究事例を公開し、これまでの計算機では手が届かなかった課題が実際に解けることを示しました。
これまで不可能だった規模の計算が現実に
JUPITERは、NVIDIAのGrace Hopper Superchip(CPUとGPUを1つのパッケージに統合したチップ)と、Quantum-X800 InfiniBand(高速なデータ通信網)で構成されています[1]。システム全体ではおよそ2万4000基のGH200 Grace Hopper Superchipを束ねており、欧州で最も高速なスーパーコンピューターとされます[2]。
ユーリッヒ・スーパーコンピューティングセンターのThomas Lippert所長は「JUPITERによって、欧州は単にエクサスケール時代に加わるのではなく、科学とAIの幅広さで世界をリードする」と述べています[1]。今回公開された4件は、いずれも従来のハードウェアでは届かなかった問題が、エクサスケールで扱えるようになったという共通点を持ちます。
細胞単位で脳を地図化、学習はわずか5日
1つ目は、人間の脳を細胞レベルで地図にする「Jülich Brain Atlas」プロジェクトです。研究チームは、脳の微細構造を解析する基盤モデル「CytoNet」を開発しました[1]。
人間の脳には約860億個の神経細胞(ニューロン)があり、その間にはおよそ100兆もの結合が存在します。この複雑さゆえに、1つ1つの神経細胞の解像度で脳の働きを理解することは長らく不可能でした[1]。CytoNetの学習には、21体の死後脳から得た6.5ペタバイトの画像データと4096基のGrace Hopper Superchipが使われ、所要時間は5日を切りました[1]。
INM-1のKatrin Amunts所長は「初めて、AIで脳を分析するだけでなく、実験そのものを考えるエージェントを構築している」と語ります[1]。チームの次の一手は、オープンモデルの「NVIDIA Nemotron 3 120B」などを使い、脳研究者向けのAIエージェントを作ることだとしています。
1キロメートル解像度で地球をまるごと再現
2つ目は気候シミュレーションです。ETHチューリッヒやマックス・プランク気象研究所、NVIDIAなどが共同開発した気候モデル「ICON」は、昨年11月のSC25で気候モデリング部門のゴードン・ベル賞を受賞しました[1]。
ICONの画期的な点は解像度だけではありません。海洋・大気・陸地に加え、生物地球化学や炭素循環までを結合した地球システムを、1キロメートルという解像度で初めて再現した点にあります[1]。2万480基のGrace Hopper Superchipを使い、約146日分の実際の気候を24時間の計算で再現して、全球気候シミュレーションの世界記録を打ち立てました。
マックス・プランク気象研究所のDaniel Klocke氏は「1キロメートルという全球解像度では、多くの相互作用が近似ではなく物理法則から直接現れる」と説明し、大気・海洋・生物圏がどう連動するかを前例のない精度で捉えられるとしています[1]。
6Gの研究やエリクソン(Ericsson)との協業も
3つ目は次世代通信です。エリクソン(Ericsson)とユーリッヒ研究センターは今年3月、5Gの進化と6Gネットワーク向けのAI開発で協業すると発表し、JUPITERを大規模なAIモデルの学習・検証を担う計算エンジンとして位置づけました[1]。脳の仕組みに着想を得たアーキテクチャで、複雑なネットワーク運用をより少ない消費電力でこなすことを目指します。研究の重点は、無線・コア網向けのAIモデルや、無線基地局の近く(エッジ)での省電力なAI推論などに置かれています。
50量子ビットの量子コンピューターを完全再現
4つ目は量子コンピューターのシミュレーションです。JSCとNVIDIA Application Labの研究者は、汎用的な50量子ビットの量子コンピューターを完全に再現し、これまでの48量子ビットの記録を更新する世界初の成果を達成しました[1]。
これを可能にしたのが、JUPITERのGH200 Grace Hopper SuperchipのCPUとGPUが密に結ばれたメモリ構造です。GPUのメモリ容量を超えるデータをCPU側のメモリへ性能低下を抑えつつ逃がせるため、GPU単体よりはるかに大きな量子状態を保持できます[1]。現在の量子ハードウェアは、実用的な問題でまだ従来型コンピューターを上回れません。そのため、できるだけ大きな規模で量子マシンを模擬することが、将来のハードウェアで動かすアルゴリズムを設計・検証する有力な手段になります。この量子シミュレーター「JUQCS-50」は、JSCの量子計算利用施設「JUNIQ」で利用できるようになる予定です[1]。
まとめ
神経細胞から大気、無線インフラ、量子まで、JUPITER上で動く研究の幅広さは、エクサスケール計算が研究テーマの段階から実用の段階へ移ったことを物語ります[1]。NVIDIAのGrace Hopperプラットフォームが、科学の最前線で確かな成果を生み始めています。
出典:https://blogs.nvidia.com/blog/jupiter-exascale-supercomputing-science/
