米ミシガン州で260頭の乳牛を飼育する酪農家が、Gemini 3.6 Flashを使った複数エージェントのAIシステムを自作し、毎朝数時間かけていた集計作業を自動化しました[1]。センサーや気象観測、出荷記録がばらばらのソフトに分かれている状態を、ローカルのフォルダを介して1つにまとめ、その日の収益性まで算出させる仕組みです。Googleが公式ブログで事例として紹介しました。

朝の数時間を奪っていた「サイロ化したデータ」

事例の主はPaul Windemuller氏です。2014年にBrittany氏とともに、リースした30頭の乳牛からDream Winds Dairyを始め、12年をかけてホルスタイン260頭を搾乳する高度に自動化された施設へと育ててきました。2024年にはNuffield International Farming Scholarとして農業技術とAIを研究しており、酪農を技術的な課題として捉える立場にあります[1]。

酪農の経営は利幅が薄く、生物学的な要因と環境要因が複雑に絡むため、データ分析が欠かせません。同氏の農場でも、牛1頭ごとに装着したセンサー付き首輪、敷地内の気象観測装置、乳質と出荷量を記録するオンラインポータルが、それぞれ休みなくデータを吐き出し続けていました[1]。

問題は、これらが互いに切り離されたソフトウェアの中に閉じていたことです。同氏は毎朝、各システムからファイルを落とし、表計算ソフトの上で突き合わせ、経営指標を手計算する作業に数時間を費やしていました。その分だけ、本来の仕事である牛の世話から遠ざかっていたことになります。

Antigravity上で組んだ4種類のエージェント

そこで同氏が組み上げたのが、Googleの開発プラットフォームであるGoogle Antigravityの中でGemini 3.6 Flashを動かす、ローカル完結のマルチエージェントシステムです[1]。Antigravityは、エディター・ターミナル・ブラウザーをまたいでエージェントが自律的に計画・実行・検証を行うことを想定した、エージェント前提の開発環境として公開されています[2]。

興味深いのは、外部APIやWebスクレイピングを一切使わず、ローカルのディレクトリをそのままインターフェースにしている点です。監視対象のフォルダにCSVの書き出しを置いたり、紙のレシートやPDFの請求書を撮影した画像を放り込んだりすると、Geminiのマルチモーダル処理が視覚情報と数値を抽出して統合します。データが農場の外に出ないため、同氏の管理下に置いたまま扱えます[1]。

処理は1本の長大なプロンプトではなく、役割を分けたエージェントの連携として設計されています。全体の日次ワークフローを差配するオーケストレーター、搾乳ロボットの書き出しや給餌ログといった生データを標準化する取り込みエージェント、生物学的な要因と天候の影響を評価する分析エージェント、そして結果を自然な文章の要約に変換するレポートエージェントの4種類です[1]。

指標は「Static Variable Margin」

このシステムが最適化の対象に据えているのは、日次のStatic Variable Margin(SVM)という指標です。一般的なIncome Over Feed Costは生乳価格や飼料価格の変動に振り回されますが、SVMは市場価格を固定したうえで計算するため、市況のノイズを取り除いて生物学的・運用的な効率だけを浮かび上がらせられます[1]。

算出の流れも明確に分解されています。取り込みエージェントが搾乳量、乳成分(乳脂肪・タンパク質)、体細胞数、給餌量を読み取り、そこにFederal Order 33の1月時点の価格を固定的に当てはめて静的な売上を求めます。飼料コストも固定単価で計算することで、実際の給餌量の増減だけが数字に反映されるようにしています。ここから静的なIncome Over Feed Costを出し、さらに牛1頭あたりの経費(更新牛、繁殖、動物用医薬品など)を差し引きます。労務費や光熱費、減価償却といった間接費はあえて除外し、SVMの動きが生物学的な効率と健康状態のみを映すようにしています[1]。

午前3時に届く「Farm CEO Briefing」

数字を出すだけでは半分にすぎない、というのが同氏の発想です。午前3時に表計算ソフトを解読する余裕は酪農家にはありません。そこでレポートエージェントが、結果を日次のFarm CEO Briefingという読み物に翻訳し、その日の利幅を動かした要因を切り分けて示します[1]。

Googleが示した例では、SVMが1頭あたり0.15ドル(約25円)下がった場合に、乾物摂取量でマイナス0.08ドル(約13円、湿度で採食量が落ちたため)、体細胞数でマイナス0.04ドル(約7円、わずかな上昇で健康面の懸念)、廃棄乳でマイナス0.03ドル(約5円、2頭が治療区画に入ったため)と内訳が提示されます。最後には、暑熱ストレスに対処するため換気を調整するといった、具体的な打ち手まで添えられます[1]。

※1ドル164円換算

小規模事業者にとってのコストの壁

同氏の狙いは、自分の農場を効率化することにとどまりません。同じ仕組みを独立系の農家が使えるようにすることを目指しています。ただし、道具を作ること自体のハードルに加えて、農場の規模で日常的に回すコストという壁がありました[1]。

継続的な推論、解析、ツール実行を毎日繰り返すエージェント型のワークフローは、小規模事業者にとって長らく高すぎたわけです。ここでGemini 3.6 Flashの効率が効いてきます。同モデルは高度な推論・ツール利用・コーディングを想定した設計で、100万トークンのコンテキストウィンドウと最大64,000トークンの出力に対応します。ベンチマークではGemini 3.5 Flashと比べて出力トークンがおよそ17パーセント減り、出力トークンあたりの単価も下がったことで、エージェントのループを回すコストが大きく下がったとしています[1]。

もっとも、この事例は農業技術とAIを専門的に学んできた人物が自ら構築したものであり、誰もが同じものをすぐ組めるわけではありません。それでも、外部連携ではなくローカルのフォルダを接点に選ぶという割り切りは、APIが用意されていない業務システムに囲まれた現場にとって、現実的な着地点を示していると言えます。

まとめ

ミシガン州の酪農家がGemini 3.6 FlashとGoogle Antigravityで組んだマルチエージェントシステムは、サイロ化したデータをローカルのフォルダ経由で統合し、市場価格の変動を除いた日次のStatic Variable Marginを算出して、要因分解付きの日報として届けます。表計算での手作業を消し去った点もさることながら、エージェントを毎日回すコストが小規模事業者の手の届く水準まで下がってきたことを示す事例として読めます。

[1] 出典:https://blog.google/innovation-and-ai/models-and-research/gemini-models/using-gemini-to-manage-farm/

[2] 出典:https://antigravity.google/blog/introducing-google-antigravity