OpenAIは、アリゾナ大学の天体物理学者Chi-kwan Chan氏がAIコーディングツール「Codex」をブラックホール研究に活用している事例を公開しました[1]。ブラックホール周辺のプラズマの動きをシミュレーションするアルゴリズムの導出と検証にCodexを使い、数十年にわたり研究者を悩ませてきた計算上の限界を打ち破ろうという試みです。

史上初の「ブラックホール撮影」チームの研究者

Chan氏はアリゾナ大学とスチュワード天文台に所属する研究者で、国際協力プロジェクト「イベント・ホライズン・テレスコープ(EHT)」の一員です[1]。EHTは2019年に史上初のブラックホールの画像を公開したことで知られ、現在はM87銀河の中心にある超大質量ブラックホールを対象に、初の「動画」撮影へ向けた観測を進めています[1]。

ブラックホールの重力は極端に強く、ある距離まで近づくと光さえ脱出できません。そのため研究者が観測するのは、ブラックホールを取り巻く「事象の地平面」と呼ばれる境界の周辺です。Chan氏はこの境界を「戻ることのできない面」と表現しています[1]。境界のすぐ外側を渦巻く物質が放つ光こそが、観測やシミュレーションの対象になるわけです。

2019年に公開されたあの画像も、輝くプラズマの中に浮かぶブラックホールの影を捉えたものでした。Chan氏は当時、観測結果を解釈するためのシミュレーションや計算ツールの開発に貢献しています[1]。

プラズマの「らせん運動」が数十年来の壁に

研究チームにとって最大の障害が、ブラックホール周辺のプラズマのモデル化です。プラズマは電子とイオンからなる超高温の物質で、多くのシミュレーションでは流体として近似し、よく知られた方程式で動きを計算します。粒子同士が頻繁に衝突する高密度のプラズマなら、この近似で十分に機能します[1]。

ところが、Chan氏らが研究する超大質量ブラックホールの周辺には、温度が極めて高いうえに希薄で、粒子同士がほとんど衝突しない領域が存在します。そこでは粒子は磁力線の周りをらせん状に回り続けるため、正確にモデル化するには数兆個の電子とイオンの細かいらせん運動を逐一追跡しなければなりません[1]。

標準的なシミュレーションでは、この小さな回転を1つずつ計算するために極端に短い時間刻みが必要になります。結果として、世界最速級のスーパーコンピューターでさえ、研究者が本当に調べたい大きなスケールの現象ではなく、微小な粒子運動の計算に時間の大半を費やしてしまうのです。Chan氏は「これが数十年にわたり、ブラックホールのプラズマをどこまで現実的にシミュレーションできるかを制限してきました」と述べています[1]。

Codexで候補アルゴリズムを大量に導出して検証

Chan氏は、シミュレーションが粒子の動きを追跡する方法を数学的に変えることで、コンピューターがすべてのらせんを直接追わずに済むのではないかと考えました。ただし、あらゆる数学的な可能性を手作業で探索するには膨大な時間がかかります。そこでCodexの出番です。候補となるアルゴリズムを導出させ、既知の解と照らし合わせて検証するという使い方をしています[1]。

Codexが生成する手法のすべてが正しいわけではありません。それでもChan氏は「ほとんどの科学的アイデアは失敗するものです。重要なのは、これらのアルゴリズムが検証可能だということ。機能するものが1つ見つかれば、これまで不可能だったシミュレーションへの道が開ける可能性があります」と前向きに捉えています[1]。

結論だけを返すAIシステムとは異なり、Chan氏のグループはCodexに数値計算スキームの提案と実装をさせ、人間が中身を検査し、テストし、物理的に理解できる形で使っている点も特徴です。「アインシュタインが言ったから、優秀な学生が言ったから、AIモデルが言ったからという理由でアイデアを受け入れることはありません。繰り返しのテストを経てはじめて受け入れるのです」とChan氏は語ります[1]。

まとめ

EHTの天体物理学者Chan氏が、Codexを使ってブラックホール周辺のプラズマシミュレーションの新アルゴリズム探索に取り組んでいます[1]。検証可能なアイデアを高速に量産するという使い方は、厳密なテスト文化を持つ科学研究とAIの相性の良さを示す好例と言えるでしょう。このアプローチが成功すれば、数兆個の粒子を扱うシミュレーションが実現し、数十年間手の届かなかった物理に迫れるようになるかもしれません。

出典: https://openai.com/index/using-codex-to-simulate-black-holes