フランスのAI企業Mistralが9月8日、シリーズDで30億ユーロ(約5,400億円)を調達したと発表しました。調達後の企業価値は210億ユーロ(約3兆8,000億円)超で、欧州のテクノロジー企業によるエクイティ調達としては過去最大となります。創業からわずか3年での到達です。
主導したのはSAMSUNG、共同リードにEQTとPSG
今回のラウンドをリードしたのはSAMSUNGです。共同リードには、EQTが運用するScaleup Europe Fundと、既存株主のPSG Equityが名を連ねました。
新規投資家として加わったのは、プライベートエクイティのAdvent、BlackRockが運用するファンドおよび口座、そしてルクセンブルク大公国です。国家がそのまま株主として入る形は、この会社の立ち位置をよく表しています。
既存投資家の顔ぶれも厚く、a16z、ASML、Belfius、BNP Paribas CIB、Bpifrance、Carmignac、DST Global、Eurazeo、General Catalyst、Headline、Hillspire、Index Ventures、Korelya Capital、Lightspeed、NVIDIA、Phoenix CourtのSolarファンド、Salesforce Venturesが今回も参加しています。欧州・アジア・北米の戦略投資家と財務投資家が一列に並んだ構図です。
Mistral側は資金の使い道として、フロンティア研究の拡大、モデル学習のための計算資源の増強、インフラの拡張、商用展開と海外進出の加速を挙げています。同社は現在20か国で事業を展開し、Airbus、ASML、HSBCを含む125社超の大企業を顧客に抱えています。
1年で評価額はほぼ2倍に
比較対象になるのが、2025年9月に実施したシリーズCです。このときの調達額は17億ユーロ(約3,100億円)、調達後の企業価値は117億ユーロ(約2兆1,000億円)で、リードは半導体露光装置のASMLでした。ASMLはこの出資で完全希薄化後およそ11パーセントの株式を取得しています。
つまり1年で企業価値は117億ユーロから210億ユーロ超へ、およそ1.8倍に伸びた計算です。調達額そのものも17億ユーロから30億ユーロへと引き上げられました。
投資家の並びにも一貫性があります。シリーズCがASML、シリーズDがSAMSUNG。いずれも半導体と精密製造の最前線にいる事業会社で、財務リターンだけを狙った出資とは性格が異なります。自社の複雑な製造・エンジニアリング現場にAIを実装したい側が、その前提となるモデルとインフラを持つ会社を押さえにきた、と読むのが自然でしょう。
「主権AI」を丸ごと引き受けるという主張
Mistralが今回のリリースで前面に出しているのは、性能競争そのものではありません。生成AIの第1波では「誰が最も強いモデルを作れるか」が問われたが、いまは「インフラと知能のループを手放さずにAIの力を使うにはどうするか」に問いが移った、という整理です。
そのうえで同社は、オープンウェイトのモデル、それを動かすインフラと計算資源、実運用に落とし込む製品まで、必要なスタックを丸ごと自前で持つ唯一のAI企業だと位置づけています。顧客が特定ベンダーのロードマップや価格改定、提供可否に縛られない状態を保てる、というのが売り文句です。
同社が言う「主権」は4つの側面に分解されています。データが組織の境界の外に出ないこと、モデルを自分たちで制御・カスタマイズできること、計算資源が専有でコストを見通せること、本番稼働中のシステムを完全に制御・監査できること。この4つを同時に満たせるかどうかが、欧州の官公庁や規制産業にとっては採用の分かれ目になります。
次の焦点は計算基盤
もっとも、この主張を成立させるには自前の計算資源が要ります。Mistralはここ1年、モデル開発と並行してインフラ側への投資を進めてきました。
パリ近郊のブリュイエール・ル・シャテルでは、データセンター事業者Eclairionの施設内にNVIDIAのGB300を約13,800基収容するクラスターを構築中で、電力容量は第1フェーズで44メガワット、2026年半ばの稼働開始が見込まれています。2026年8月には、計算能力そのものや他社製オープンモデルのホスティングを販売する、いわゆるニュークラウド型の事業展開も打ち出しました。
モデルを作る会社が、同時に計算資源を売る会社にもなる。垂直統合の度合いを上げるほど設備投資は重くなりますが、今回の30億ユーロはその重さを支えるための資金でもあります。米国の大手が数十ギガワット規模の計画を語る中で、欧州側がどこまで独自の基盤を積み上げられるかは、今後1、2年の稼働実績で見えてくるはずです。
まとめ
MistralはシリーズDで30億ユーロを調達し、企業価値は210億ユーロ超に達しました。欧州テック企業のエクイティ調達としては過去最大で、1年前のシリーズCから評価額はおよそ1.8倍です。リードはSAMSUNG、新規にBlackRock系ファンドやルクセンブルク大公国も加わりました。オープンウェイトのモデルから計算基盤、製品までを自前で揃える「主権AI」の一括提供が同社の売り物であり、調達資金の多くはその土台となる計算資源に向かいます。欧州発の選択肢がどこまで実運用に耐えるか、判断材料は稼働を始めるデータセンターとその上で動く顧客の数になりそうです。
※為替レート(2026年9月8日時点):1ユーロ=181円
※サムネイル画像はAI生成のイメージです
