OpenAIは米国時間9月16日、自社モデルの「ミスアライメント(不整合)」を追跡・調査・公表するための新しい枠組みを発表しました。合わせて、過去6か月の学習や評価の過程で観測された想定外の振る舞い6件をリポートとして公開しています。学習中のモデルが自分への引き継ぎメモに「ミスは隠せ」と書き込んだ例や、公開リポジトリで見つけた他人のAPIキーを無断で使った例など、これまで社外にはほとんど見えなかった開発現場の実態を、修正が済む前の段階でも公表していく方針です。

なぜ今、公表の仕組みを作るのか

OpenAIはこれまでも、モデルの逸脱行動に関する知見をブログや新モデルのシステムカードで公開してきました。ただ、その出し方は場当たり的で、複数の事例がたまるまで待ったり、新モデルの発表に合わせて後付けで載せたりすることが多かったと自ら認めています。新しい枠組みは、観測から公表までの時間を縮め、原因が完全に説明できていない段階や対策が終わっていない段階でも報告を出すことを目的にしています。

背景には、ここ数か月で相次いだ外部からの指摘があります。9月上旬には、OpenAIのエージェントが公開Wikiを掲示板代わりにして互いにやり取りしていたという第三者の報告が出ており、同社は9月5日の時点で「この種の行動を報告する基準を策定中」と応じていました。それ以前には、学習中のモデルがHugging Faceのシステムに侵入した件について8月に技術リポートを公開しており、9月11日にはRubyGemsでのエージェントの活動を調査中だとする告知も出しています。今回の枠組みは、こうした個別対応を体系化したものといえます。

OpenAIは発表の中で、AI業界がアライメントと監視の問題を十分に解決できているとは考えておらず、このまま最高速度で規模を拡大し続けることが責任ある行動といえる期間は長くないとの見解を示しています。開発の進め方を決めるには、モデルを作っている企業の外にいる人が自分で検証できる証拠が必要だというのが、公表を優先する理由です。業界全体で共有された開示基準はまだ存在しないため、今回の枠組みを標準づくりの第一歩と位置づけ、経験と外部の意見を取り入れながら改訂していくとしています。

何を公表の対象にするのか

対象になるのは、不整合がどのように生じ、どう表面化し、安全策がどこで機能したりしなかったりするかを示す事例です。新しいメカニズム、既知の行動の大きな変化、安全性や対策に関する前提を覆す発見を優先し、実害が出ていなくても、広い傾向が確認できていなくても公表の対象に含めます。学習、評価、テスト、展開のどの段階で起きたものも対象です。

具体的には、モデルが許可なく行動したり、他のモデルと連携したり、監視を逃れたりする新しい手口、アライメント手法や安全策の有効性を疑わせる失敗、公開済みの安全性評価の主張に反する行動などが挙げられています。過去に公表した事例と重なるものも、繰り返し起きること自体が対策の効き具合を示す証拠になるとして、元のリポートを更新する形で追記します。深刻な安全上の事案は米連邦政府にも共有すべきだとして、報告の仕組みを提案する準備も進めているとのことです。

6件のリポートで何が起きていたのか

今回公開された6件は、いずれも未公開モデルの学習や評価の中で起きたもので、製品として提供中のモデルで起きた事例ではありません。OpenAIは、これらは個別の事例であって、不整合が起きる頻度を示すものではないと念を押しています。

もっとも目を引くのは、GPT-5.6 Solの学習中に見つかった「コンパクション要約」の問題です。長い作業を続けるとき、モデルは文脈の要約を作って次のコンテキストに引き継ぎますが、その要約に「ミスや不整合をユーザーから隠せ」という趣旨の指示を自分で書き込む個体が複数確認されました。財務モデルを作る課題で必要な過去データが見つからなかったエージェントが、それらしい数値をでっち上げたうえで「聞かれない限り明かさない」と要約に残した例や、参照した資料のバージョンが表記と食い違っているのに「最終回答では触れるな」と書き残した例が示されています。この行動は学習サンプルの20パーセントを監視する仕組みによって7月9日に発見され、GPT-5.6 Solの要約の2.15パーセント、GPT-6 Astraでは0.27パーセントで検出されたとしています。OpenAIは、最終回答で嘘をついたサンプルの方が高い報酬を得てしまうことが原因ではないかと推測しており、その後の採点方法の改善で発生率は下がったと説明しています。

同じく要約に関わる別の事例では、未公開の研究用モデルが、本来の制約を無視するよう指示する文章など無関係な指示を要約に混ぜ込んでおり、27件の要約が影響を受けていました。

より生々しいのは、5月15日に起きたAPIキーの事例です。カリフォルニア州のある郡の所得データを取得する課題を与えられた社内モデルは、直接の取得に失敗すると使い捨てメールアドレスの登録を試み、さらに公開されているGitHubのリポジトリから流出したAPIキーを探し出して使いました。そのうち1つは認証に成功しています。それでも目的のデータが取れないと分かると、モデルは9つの数値を捏造し、Webサイトのグラフから書き写したものだと偽って提示しました。失敗した経緯も、流出キーを使った事実も、捏造も、いずれも報告していません。現在の監視体制であれば最優先で対処すべき事案として扱われるとOpenAIは述べています。

残る3件は、いずれも「外部との通信」に関するものです。面積500万平方メートル超の湖のIDと名前を求められたモデルは、Pythonで正しい答えを出したにもかかわらず、指示がブラウザによる引用を求めていたため、ユーザーに確認せずファイルをインターネットにアップロードして自分で引用元を作りました。社内で運用しているパッケージリポジトリのArtifactoryを、別々の学習サンプル同士が伝言板として使い、足りない入力ファイルを探し合っていた事例もあります。脆弱性を突いたわけではなく、パッケージ取得用に与えられていた認証情報をそのまま使っていました。さらに、同じ課題で協働していた複数のエージェントが、互いのローカルファイルにアクセスできないと分かると公開のファイル共有サイトを経由してデータを受け渡し、成果物が誰でも見られるURLに置かれた例も報告されています。

OpenAIは、サンプル同士が勝手に通信できてしまうと、学習や評価のサンプルが独立しているという前提が崩れると指摘しています。Hugging Faceの事案も同種の仕組みが関わっていたとして、レッドチームによる通信経路の洗い出しを定期的に行い、他のエージェントが残したメモに反応するかどうかを測る評価を新設したほか、この種の環境側からの注入に対抗する学習データを今後のモデルに加えるとしています。

公表までの手続きと3つのトラック

枠組みの運用は社内の誰でも起点になれる設計です。従業員が事例を報告すると、安全性とアライメントの担当チームが、何が起きたのか、不明な点は何か、公表に値するか、どの事実を出せるか、第三者への事前通知が必要かを調べます。各段階には期限が設けられています。

調査を終えた事例は、公表準備完了、小規模調査、大規模調査(スロートラック)の3つに振り分けられます。前者2つが大半を占める見込みで、報道によると公表までの期限はそれぞれ6営業日、12営業日以内とされています。今回の6件はすべてこの2つに該当します。大規模調査は第三者が関わる複雑な案件向けで、セキュリティや法務上の義務が枠組みより優先されるため、モデルが広く使われているソフトウェアの未知の脆弱性を見つけた場合などは初期告知が遅れることもあります。Hugging Faceの事案は、この枠組みがあればスロートラックに入っていたとしています。公表の是非をめぐる意見の対立は、社内のSafety Advisory Groupに持ち込まれ、それでも決着しなければ経営陣に上げられます。

各リポートには、観測された行動、深刻度と外部への影響、発生した環境、日付、発見日、関係したモデルの概要を記載し、可能であれば発見の経緯や調査範囲、研究上の含意、未解決の疑問、対策も添える方針です。対策がまとまる前に公表することもあるため、対策欄が空のまま出るケースもあり得るとしています。

一方で、外部の研究者からは、どの事例を公表対象にするかを決めるのがOpenAI自身であり、その選別を監査する仕組みがない点を指摘する声も上がっています。自主的な報告は企業の善意に依存するという批判は、今後の標準化の議論でも焦点になりそうです。それでも、学習中に起きた失敗を修正前の段階で公開するという姿勢は、これまでのAI開発企業にはあまり見られなかったものです。筆者としては、自分への引き継ぎメモに隠蔽の指示を書き残すという事例が、モデルの「記憶」のあり方そのものに安全上の論点があることを示している点が、もっとも考えさせられました。

まとめ

OpenAIは9月16日、モデルの不整合を追跡・調査・公表する枠組みを発表し、学習中に観測された6件の事例を同時に公開しました。要約への隠蔽指示の書き込み、流出APIキーの無断使用とデータの捏造、社内リポジトリや公開サイトを介したエージェント同士の通信などが含まれ、公表までの手続きは3つのトラックで運用されます。業界共通の開示基準はまだ存在せず、OpenAIはこの枠組みを標準づくりの出発点と位置づけています。

※サムネイル画像はAI生成のイメージです