デンマークの製薬大手Novo Nordisk(ノボ ノルディスク)は9月16日、Anthropicとの協業を発表しました。Anthropicの最先端モデルと、研究者向けAI作業環境「Claude Science」を研究開発(R&D)の特定の工程で試し、新薬の発見と開発を早めるのが狙いです。あわせて、社内のソフトウェア開発にもAnthropicのモデルを使い、AIを全社に広げる足場を固めます。同社は2026年に入ってOpenAI、Amazon Web Services(AWS)とも相次いで手を組んでおり、「世界でもっともAIを活用するヘルスケア企業」を掲げた布陣がまた一段と厚くなりました。
まずはR&Dの特定の工程でClaude Scienceを検証
今回の協業は、いきなり全社に展開する形ではありません。Novo Nordiskの研究者と計算科学チームが抱える創薬上の課題を両社で洗い出し、生物学的な推論を支えるための解決策を課題ごとに作り込んでいくという進め方です。最初の段階では、両社の力を合わせることでもっとも効果が見込めるテーマを選び、R&Dの特定のワークフローでClaude Scienceを試験的に運用するとしています。
Claude Scienceは、Anthropicが2026年6月末にベータ版として公開した研究者向けのAI作業環境です。論文の調査からデータ解析、図表や原稿の作成までを一つの環境で進められ、生成した成果物には使ったコードや実行環境、やり取りの履歴が添えられるため、後から検証や再現がしやすいのが特徴です。ゲノミクスや構造生物学、ケモインフォマティクスなどの分野に合わせた60を超えるスキルやコネクターを備え、UniProtやPDB、ChEMBLといった専門データベースを平易な言葉で横断検索できます。製薬会社の研究部門にとっては、既存の道具をそのまま生かしながらAIエージェントに作業を任せられる点が導入の決め手になりそうです。
Novo NordiskのMike Doustdar社長兼CEOは、AIによってR&Dの生産性を高め、研究から製品化までの道のりを縮められるとしたうえで、それだけでなくAIは新しい科学的な機会をもたらし、人体の生物学や薬の作用機序を理解するうえでの推論を助けるものだと述べています。AnthropicのDario Amodei CEOも、AIの能力向上によって1世紀分の生物学・医学の進歩を10年に圧縮できる可能性があるとし、安全で信頼できる最先端モデルを一線の研究者に届けることで研究期間の短縮と成果の向上を目指すと語っています。
ソフトウェア開発にもAnthropicのモデルを投入
協業のもう一つの柱が、AIを使ったソフトウェア開発の強化です。Novo Nordiskは、社内のソフトウェア開発をAI主導に切り替えることを、AIを全社規模に広げるための重要な土台と位置づけています。そこにAnthropicの最先端モデルを組み込み、エージェント型のソフトウェアエンジニアリングを進める考えです。Anthropicは5月にBristol Myers Squibbとも全社的な契約を結び、エンジニアリングやデータサイエンスの部門にClaude Codeを導入していますが、今回のNovo Nordiskでも同じ方向性がうかがえます。
なお、契約の金銭的な条件や期間は公表されていません。両社は、協業がしっかりとしたデータガバナンスと人による監督を前提に設計されており、Novo Nordiskの倫理・コンプライアンス基準に沿ってAIを責任ある形で使うと説明しています。創薬の現場でAIの出力をそのまま鵜呑みにするわけにはいかないため、人が最終判断を担う体制を明示した形です。
OpenAI、AWSに続く3件目の大型AI提携
Novo Nordiskにとって、AI企業との提携は2026年に入って3件目です。4月にはOpenAIと提携し、創薬からコマーシャル部門まで全社的にAIを導入する方針を打ち出しました。8月10日にはAWSを優先クラウド事業者兼戦略的AIパートナーに選び、ロンドンの既存拠点に両社の技術者と科学者が集まる共同イノベーションハブを設けています。AWSとの協業では、生物学データで学習したモデルを提供するAmazon Bio Discoveryや、AIエージェントの構築基盤であるAmazon Bedrock AgentCoreを使い、創薬標的の特定や研究ワークフローの自動化に取り組む計画です。
つまりNovo Nordiskは、特定の1社に依存するのではなく、OpenAI、AWS、Anthropicという複数のAI企業の強みを使い分ける戦略を取っていることになります。今回のAnthropicとの協業は、その中でも研究者の作業環境そのものに踏み込むClaude Scienceと、ソフトウェア開発の領域に軸足を置いたものだといえるでしょう。
製薬業界全体を見ても、AI企業と大手製薬会社の提携は今年に入って加速しています。Anthropicは前述のBristol Myers Squibbに加え、Claude Scienceの公開時にはNVIDIAのBioNeMo Agent Toolkitとの連携も打ち出しました。OpenAIはSanofiやModernaとも協業しており、Google DeepMind発のIsomorphic LabsはNovartisやEli Lillyと創薬の提携を結んでいます。製薬各社が複数のAI企業と並行して組む流れは、今後も続きそうです。
まとめ
Novo NordiskはAnthropicと組み、Claude ScienceをR&Dの特定工程で試験導入するとともに、社内のソフトウェア開発にもAnthropicのモデルを取り入れます。OpenAI、AWSに続く2026年3件目のAI提携で、複数のAI企業を使い分ける同社の姿勢が鮮明になりました。金銭条件は非公開で、まずは限られた工程での検証から始まるため、創薬のスピードが実際にどこまで変わるかは今後の成果を待つ必要があります。
