Anthropicは2026年8月、社内エンジニアチームがclaude.aiとClaudeデスクトップアプリの体感速度を高める2週間の集中プロジェクトを実施し、複数の主要な操作で平均3.1倍(幾何平均)の高速化を達成したことを明らかにしました。ボトルネックの発見から修正コードの作成まで、AIモデルであるClaude自身が作業の大部分を担った点が特徴です。
2週間で3,000件超の変更、主要指標は軒並み改善
チームはユーザーの利用実態のうち全体の95%をカバーする4つの主要な利用シーンを選び、合計13項目の指標を継続的に計測しました。その結果、claude.aiの新規読み込みは平均で約3,085ミリ秒から550ミリ秒へ、Claude Codeの起動は837ミリ秒から347ミリ秒へ、Claude Coworkの読み込みは2,566ミリ秒から728ミリ秒へと、それぞれ大幅に短縮されています。この2週間だけで3,000件を超える変更がマージされましたが、利用者に影響するような障害やロールバックは一件も発生しなかったといいます。
Slackチャンネル一つで完結、Claudeが計測から修正まで一貫して担当
プロジェクトは単一のSlackチャンネル上で進められ、多いときには150を超えるスレッドが同時に動いていました。作業には、Claude Tagのベータ版を通じて利用できる、Opus 5.5に近い性能を持つ社内向けの研究用モデルが使われています。人間のエンジニアは改善の目標設定や技術的な判断、最終的な承認を担い、実際のボトルネック特定やベンチマークの構築、修正コードの実装、プルリクエストの作成、リリース後の挙動確認までは主にClaudeが担当しました。
体感時間(壁時計時間)は測定条件による揺らぎが大きく最適化の指標には向かないため、CPU命令数のような再現性の高い数値を目標に据えたことも工夫の一つです。例えば、メッセージ一覧を組み立てる処理では命令数を48%削減したところ、実際の処理時間は78%短縮され、体感では4倍以上の改善につながりました。命令数が悪化する変更は自動テストの段階で弾かれる仕組みも整え、一度達成した改善が後戻りしないようにしています。
原因は「emダッシュ」、文字コードの分岐が招いていた重さ
細部の不具合探しでは、意外な発見もありました。コード部分の構文ハイライト表示が完了した瞬間に画面が一瞬固まる不具合があり、原因を調べたところ、文章中のemダッシュ(長いダッシュ記号)や曲線を描く引用符など、基本的な英数字の範囲外の文字が引き金になっていることが判明しました。こうした文字が含まれると、ブラウザ側のJavaScriptエンジンが返信全体を2バイト表現で保持する処理に切り替わり、構文ハイライト用の正規表現処理が遅い経路をたどってしまっていたのです。わずか20行ほどの修正で、最初の構文ハイライト表示にかかる時間は1秒前後から0.35秒程度まで縮まりました。
このほかにも、画面横のサイドバーの再描画処理を9割減らしたり、特定のCSSの記述を見直して数十ミリ秒単位の遅延を解消したり、1日に数十万回発生していた画面の隠れた再読み込みを取り除いたりと、地道な改善が積み重ねられています。
約200個のフィーチャーフラグで安全に展開
新しい変更のうちリスクが高いものは、短期間だけ有効にするフィーチャーフラグの裏側に置き、まず社員向けに公開してから一部の利用者、その後全体へと段階的に広げる方式が取られました。2週間で追加されたフラグは約200個にのぼり、期間が終わる頃には半数以上がすでに撤去されています。すべての変更は自動レビューに加えて、最低一人の人間による確認を経てから本番環境に反映されました。画面レイアウトに関わる共通部品については、14種類の異なる画面サイズで表示のずれが1ピクセル以内に収まっているかまで確認するテストが行われています。
まとめ
今回の取り組みは、AI開発企業自身が自社の性能改善という地道な作業に、自社製のAIモデルを実務レベルで活用した事例として注目されています。人間が目標設定と最終判断を担い、AIが計測・実装・監視までを一貫して受け持つという役割分担は、今後のソフトウェア開発の現場でAIエージェントがどこまで裁量を持てるかを考えるうえでの一つの参考例になりそうです。
