NVIDIAは現地時間9月14日、オープンソースの量子計算プラットフォーム「CUDA-Q」に、誤り耐性量子コンピューター向けの新しい層「CUDA-Q Logical」を追加したと発表しました。カナダ・トロントで開かれた量子計算の国際会議「IEEE Quantum Week 2026」に合わせた発表です。アルゴリズム、誤り訂正符号、ハードウェア構成といった要素を1つの流れの中で組み合わせて試せるのが特徴で、米国のフェルミ国立加速器研究所(Fermilab)では設計にかかる期間が5か月から3週間に縮まったといいます。CUDA-Q LogicalはGitHubからすでに入手できます。

「論理量子ビット」の時代に向けた土台

量子コンピューターの基本単位である物理量子ビットは、ノイズの影響を受けやすく、そのままでは計算の途中で誤りが積み重なってしまいます。そこで複数の物理量子ビットを束ねて誤りを検出・訂正し、1つの信頼できる「論理量子ビット」として扱う方式が、実用規模の量子計算に欠かせないと考えられています。創薬や金融モデリング、材料開発といった大きな計算を回すには、この誤り耐性の仕組みが前提になります。

ただし、この誤り耐性量子コンピューター向けのアプリケーション開発は、地道で時間のかかる作業です。アルゴリズムを少し変える、誤り訂正符号を別のものにする、ハードウェアの構成を見直す。そのどれか1つを触るだけで、必要になる物理量子ビットの数や実行時間が大きく変わってしまうためです。要素同士が互いに影響し合うので、まとめて設計(コデザイン)しないと最適な組み合わせが見えてきません。

CUDA-Q Logicalは、まさにこの部分を引き受ける層です。研究者は論理量子ビットを前提としたアプリケーションに必要な各要素を1か所で設計・統合し、選択肢を切り替えながら、性能が最も出る構成を探せるようになります。NVIDIAで量子部門を率いるTimothy Costa氏は、量子計算が論理量子ビットの時代へ成熟しつつあり、誤り耐性システムの全側面を表現できる、オープンでカスタマイズ可能なプラットフォームが研究者に求められている、と説明しています。量子ビットの種類やアーキテクチャを問わずに統合された最適化を探れる点を、同氏は強調しました。

仕組みはコンパイラに近い

NVIDIAの研究チームが公開した技術文書によると、CUDA-Q Logicalは物理的な実行層のすぐ上に位置し、特定のハードウェアに依存しない量子プログラムを「仮想論理マシン」という抽象的な計算機モデルを通して段階的に落とし込んでいきます。その過程で、誤り訂正のためのマイクロコード、物理量子ビットを操作するパルスのスケジュール、リアルタイム制御の計画までを生成する、いわば誤り耐性量子計算専用のコンパイラ基盤という位置付けです。

筆者が興味深いと感じたのは、必要な資源の見積もりを、理論式ではなくコンパイラが実際に生成した成果物から直接導く点です。従来は「この規模の計算なら物理量子ビットがこれくらい要るはず」という概算に頼りがちでしたが、実際の構成をそのまま数えられるので、見積もりの信頼性が上がります。

Fermilabでは7倍の高速化、シリコン量子ビットでは必要数が10分の1に

初期の成果として、いくつかの数字が示されています。Fermilabの研究チームは、CUDA-Q Logicalを使って過去の研究結果を検証しつつ、異なる誤り訂正手法や量子ハードウェアごとに物理量子ビット数や実行時間などの資源要件を評価しました。複雑な誤り耐性システムの設計を、繰り返し実行でき検証可能な計算ワークフローに置き換えた結果、アルゴリズム開発の期間は5か月から3週間へと7倍速くなったとしています。Fermilabの最高技術責任者で、超伝導量子材料・システムセンターの所長も務めるAnna Grassellino氏は、専用のインフラを組むのに5か月かかっていた作業が3週間で済んだと述べています。

もう1つ目を引くのが、オーストラリアのIceberg QuantumとDiraqの事例です。Iceberg QuantumはCUDA-Q Logicalを使い、Diraqのシリコンスピン量子ビット向けに誤り耐性アーキテクチャをモデル化しました。その結果、1,000個の論理量子ビットを15万個の物理量子ビットで作れることが示され、これはDiraqがそれまで見積もっていた数のおよそ10分の1にあたります。誤り訂正には大量の物理量子ビットが必要という常識を、設計の工夫でどこまで崩せるかを示す例と言えるでしょう。

このほか、中性原子方式のInfleqtion、超伝導方式のIQM Quantum Computers、シリコン方式のQuantum Motion、シミュレーション基盤を手掛けるQCDesign、そして米サンディア国立研究所が、すでにCUDA-Q Logicalを使い始めています。量子ビットの方式が異なる企業や研究機関が同じ基盤に乗っている点は、NVIDIAが「方式を問わない」と繰り返す理由でもあります。

サンディア国立研究所の新ベンチマーク「QUOPS」も収録

今回の発表には、サンディア国立研究所が開発した新しいベンチマーク「QUOPS」がCUDA-Qに参照実装として組み込まれた、という話も含まれています。QUOPSは特定のハードウェアに依存せず、量子計算システムが実用規模のアプリケーションに向けてどれだけ前進しているかを測るためのオープンな指標です。

これまで量子コンピューターの進歩は、量子ビットの数を増やす、忠実度を上げる、コヒーレンス時間を伸ばすといった、物理量子ビット側の改善で語られることがほとんどでした。QUOPSは誤り耐性という次の段階を見据えて、各社が共通の物差しで進み具合を比べられるようにする狙いがあります。サンディアはIEEE Quantum Weekに先立ってプレプリントを公開し、Google、IBM、Quantinuumの量子プロセッサーについて初期のベンチマーク結果を報告しています。同研究所の量子性能研究室で共同ディレクターを務めるTimothy Proctor氏は、量子コンピューターの能力の伸びを追跡・予測できるようにすることが業界全体に必要だ、とベンチマークの意図を語っています。

GPUと量子プロセッサーをつなぐエコシステムの広がり

CUDA-Q Logical以外にも、NVIDIAの量子関連技術を取り込む動きが紹介されました。Diraqは、量子計算向けのAIを構築・展開するためのオープンモデル群「NVIDIA Ising」を使って、自社のシリコン量子プロセッサーの校正を行っています。量子プロセッサーとGPUスーパーコンピューターを密に結合するためのオープンなシステムアーキテクチャ「NVQLink」では、Anyon Computingが新しい量子制御システムを開発し、フランスの光量子コンピューター企業Quandelaが量子プロセッサーとGPUを組み合わせたアーキテクチャを構築しました。Quantum Machinesはイスラエルの量子計算センターで、スーパーコンピューターと量子ビットを統合するデモを実施しています。

アプリケーション側でも、IonQが量子生成AIの枠組み「DQAOA-GPT」の進展をNVIDIAのアクセラレーテッドコンピューティング上で報告したほか、Phasecraftが量子化学の計算(変分量子固有値ソルバー)を大規模にエミュレーションした分子データベースをNVIDIAのcuQuantumで構築するなど、GPUを量子研究の道具として使う事例が並びます。誤り訂正や誤り緩和のソフトウェアを提供するQedma Quantum Computing、企業向けのハイブリッド量子アプリケーション基盤を持つQCentroidも、それぞれの技術をCUDA-Qに統合しました。

まとめ

NVIDIAは、オープンソースの量子計算プラットフォームCUDA-Qに、誤り耐性量子コンピューター向けの設計・統合層「CUDA-Q Logical」を追加しました。アルゴリズムから誤り訂正符号、ハードウェア構成までをまとめて設計し、必要な資源を実際の成果物から見積もれるのが要点で、Fermilabでは設計期間が5か月から3週間に短縮され、Iceberg QuantumとDiraqの事例では必要な物理量子ビット数が従来見積もりの約10分の1になりました。サンディア国立研究所のベンチマークQUOPSも参照実装として収録されています。量子コンピューターが「何個の量子ビットを持つか」から「どれだけ信頼できる論理量子ビットを安く作れるか」へと評価軸を移していく中で、GPU側からその設計工程を握ろうとするNVIDIAの狙いがはっきり見える発表でした。

※サムネイル画像はAI生成のイメージです