AMDは2026年9月28日、空間知能(3D空間を理解し生成するAI)の研究で知られるWorld Labsを買収すると発表しました。取引額は約82億ドル(約1兆3,000億円)で、全額を自社株で支払う形です。World Labsを率いるフェイフェイ・リー氏はAMDの執行副社長兼最高科学責任者に就き、CEOのリサ・スー氏に直接報告します。半導体メーカーがAIモデルの開発チームを丸ごと抱える、異例の一手と言えそうです。

※1ドル158円換算(2026年10月2日時点のレート)

取引の中身は全額株式、完了は年内の見込み

発表によると、買収は全額株式交換で、完了は2026年末までを見込んでいます。ただし規制当局の承認などが前提です。金額はAMDにとって、約500億ドル(約7兆9,000億円)で手がけた2022年のXilinx買収に次ぐ規模とされます。

過去の案件と並べると大きさが分かります。ATIは54億ドル(約8,500億円)、ZT Systemsは49億ドル(約7,700億円)、Pensandoは19億ドル(約3,000億円)でした。

AMDはすでに、World Labsが2月に実施した10億ドル(約1,580億円)の資金調達ラウンドにも出資していました。両社はモデルの学習や推論の最適化で協力してきた間柄で、World LabsのモデルはAMDのInstinctアクセラレーターとソフトウェア基盤ROCm上で動いた実績もあるそうです。今回は、その関係を一段深める形になります。

World Labsとはどんな会社か

サンフランシスコを拠点とするWorld Labsは、インタラクティブな3D環境を生成・再構築・シミュレーションするモデルを開発しています。2025年後半には、持ち運べる3D世界を作る商用サービス「Marble」を公開しました。最新の世界モデル「Atlas」は、今後のMarbleの進化を支える土台という位置づけです。

共同創業者のジャスティン・ジョンソン氏とベン・ミルデンホール氏は、引き続き研究を率います。研究チームの体制は維持されるため、買収後も開発の方向性が大きく変わる可能性は低そうです。

なぜ半導体メーカーがモデル研究者を迎えるのか

スー氏は「次世代AIの計算基盤を作るには、モデルがどう進化するかを深く理解する必要がある」と説明しています。リー氏も、モデル研究とシステム、計算資源がより近く連携しなければ、AIは効率面で足かせを抱えると述べました。

世界モデルやロボット向けのシミュレーションは、純粋な演算性能より、メモリの容量と帯域に負荷が偏りやすい分野です。AMDが得意とする大容量HBMメモリの設計と相性がよいとの見方があります。アナリストの分析では、AMDのMI355Xが動画生成の性能比較でNVIDIAのBlackwell Ultraを上回った結果も、今回の判断を後押ししたとされています。

リー氏がCEO直属になる点も見逃せません。研究部門の一角ではなく、次世代チップ戦略の中核に世界モデルを据えるという意思表示と読み取れます。

課題は「市場がまだ育っていない」こと

一方で、課題も指摘されています。動画生成での優位は1回のベンチマーク周期にとどまる可能性があり、NVIDIAが最適化を進めれば逆転もあり得ます。さらに世界モデルは研究段階の色が濃く、MLPerfのような標準的な評価の枠組みもまだ整っていません。動画生成のコスト構造が世界モデルにそのまま当てはまるかも、顧客の調達実績で確かめられた段階ではありません。

NVIDIAが自社のモデル群を配ってGPUの需要を喚起しているのに対し、AMDはモデル研究そのものを社内に取り込み、チップと一体で設計する道を選びました。今後は、World Labsのモデルを取り込んだROCmライブラリの時期や、次世代MI400のメモリ仕様が注目点になります。

まとめ

AMDによるWorld Labs買収は、約82億ドルの全額株式取引で、年内の完了を目指します。リー氏の最高科学責任者就任は、世界モデルを半導体戦略の中心に置く姿勢の表れです。成否は、研究成果が実際の製品設計と顧客の採用につながるかにかかっています。