OpenAIは9月8日、数学の未解決問題として知られるナビエ・ストークス方程式の存在と滑らかさの問題について、解決を示す証明を公開しました[1]。証明を作ったのは未公開の社内モデルで、同社はGPT-6 Astraより大幅に高性能だと説明しています。約90年にわたって答えの出なかった問題に、AIが先に到達したかたちです。
90年解けなかった問題に社内モデルが到達
ナビエ・ストークス方程式は、ニュートンの運動の第2法則を流体に当てはめて、液体や気体がどう動くかを記述する式です[1]。流体を分子の集まりではなく連続した媒体として扱う点が特徴で、航空機の設計、天気予報、血流の研究などに使われています。
未解決だったのは、この連続体としての近似がいつか破綻するのかという問いです。3次元で密度が一定の非圧縮性流体が、滑らかな状態から動き出したときに、有限の時間で特異点を作れるかどうか。ここでいう特異点とは、流体の速度が有限時間のうちに際限なく大きくなる状態を指します。粘性は動きをならす方向に働くため、それを押し切って速度が発散するかどうかが論点でした。
方程式そのものは19世紀のクロード・ルイ・ナビエとジョージ・ガブリエル・ストークスの仕事にさかのぼります。1934年にジャン・ルレイが一般化された意味での解の存在を証明しましたが、その解が常に滑らかであり続けるかは残されたままでした。2000年にクレイ数学研究所がこの問題をミレニアム懸賞問題の7つのうちの1つに選んでいます[1]。
OpenAIの社内システムが出したのは、静止した滑らかな流体が有限時間で特異点を生じるという解析的な証明と、証明支援系Leanによる形式化です。ミレニアム懸賞問題の公式な定式化でいう主張のCとDを成立させることで、問題を解決したと同社は説明しています[1]。
解の正体はスパゲッティのように伸びる渦
証明が示した解は渦です[1]。内側へ螺旋を描きながら、スパゲッティのように細長く引き伸ばされていきます。中心の領域は縮みながら加速し、それでいて全体のエネルギーは有限のまま保たれる。物理法則が要求する条件を満たしたまま速度だけが発散する構造になっています。
技術的に難しいのは、外から無限の力を加えるのではなく、流体自身の運動によって破綻を起こさせる点です。加速度、圧力勾配、運動量の輸送、粘性という各項がいずれも大きくなりながら、精密に打ち消し合わなければなりません。この釣り合いが保たれることで、速度が際限なく大きくなっても外力は滑らかなままに収まります。
1万体のエージェントが88時間 数字で見る規模
今回の取り組みは、複数のエージェントを協調させるシステムで進められました[1]。エージェントにはキャッシュされたインターネットを読む機能とコードを実行する機能が与えられ、グループ内で相互に通信しながら作業します。ナビエ・ストークスの解を出したグループは、およそ1万体のエージェントが同時に動く規模でした。
時系列はかなり短いものです。新しい社内モデルの学習が始まったのが8月28日。9月1日にミレニアム懸賞問題のうち2つが解かれたという噂を聞き、残る問題への評価を一斉に開始しました。エージェントが解に到達したのは9月5日で、最初のエージェントを走らせてから約88時間後。そこからLeanでの形式化と検証にGPT-6 Astraで17時間を要しています[1]。
消費した計算資源も公開されました。全問題を通じてエージェントが送ったメッセージは490万通、出力トークンは約3,000億。このうちナビエ・ストークスに関わる分だけで270万通、約1,300億トークンです[1]。記者向けの説明では、この問題を解くためのコストは数百万ドル(数億円規模)だったと同社幹部が述べています[2]。
エージェントの運用にも工夫があります。同じ問題でも定式化の異なるバリエーションを別々のグループに与え、証明側にあたるAとB、反証側にあたるCとDをそれぞれ担当させました。ある程度進んだ段階でCodexを使って各グループの有用な知見を統合し、それを次のプロンプトに反映させる交配のような手順も踏んでいます[1]。
なお本命に取りかかる前に、粘性項を落としたオイラー方程式の正則性問題という、より易しいとされる課題も解かせています。こちらは外力を加えない版で、約100体のエージェントが50時間ほど協働して否定的な解決に至りました。この結果を見たことがナビエ・ストークスへ資源を集中させる判断につながったとのことです[1]。
功績をめぐる摩擦も表面化
発表と同時に、経緯をめぐる摩擦も表に出ました。OpenAIが9月1日に聞いた噂は、Anthropicに所属するLevent Alpöge氏と、ニューヨーク大学の数学教授Tristan Buckmaster氏の研究に関するものだったと同社は説明しています[1]。9月6日にLeanでの検証を終えた後、OpenAIは両氏に同時公開と先取権の明示を申し出て、そこで初めて両氏の成果が外力ありのオイラー問題だったと把握したとしています。
一方のBuckmaster氏は、OpenAIが両氏の研究から知った方向へ研究を進めたのではないかと公に疑問を呈し、Codexの非公開データが関与した可能性についても懸念を示しました[2]。OpenAIは、研究者もエージェントも両氏が公開する前にその成果を見ていないと否定しています。同社の最高研究責任者Mark Chen氏は記者向けの説明で、この問題を解くために人もAIもユーザーデータを漁ってはいないと述べ、申し立てには失望していると語りました[2]。
OpenAIは、この結果について100万ドル(約1億5,000万円)のミレニアム懸賞金を請求する意向はないとしています[1][2]。今回の公開はモデルの進歩を報告するためのものであり、到達点ではなくAI開発の進み具合を切り取った一枚だという位置づけです。
※1米ドル=154円換算(2026年9月8日時点)
証明そのものが数学界の査読を経て広く受け入れられたわけではない点には注意が必要です。同社は証明の記述とLean形式化の両方を公開していますが、外部の数学者による検証はこれからです。
まとめ
OpenAIは、未公開の社内モデルとおよそ1万体のエージェントを使い、約88時間でナビエ・ストークス問題の特異点を示す証明に到達したと発表しました。Leanによる形式化まで含めて公開されており、全体で約1,300億トークンを消費しています。同時に、近接する研究を進めていた数学者との間で功績をめぐる主張の食い違いも生じました。AIが数学の最前線に届き始めたことと、その進め方が問われることが、同じ日に並んで起きたかたちです。
出典: https://openai.com/index/navier-stokes-solution
出典: https://www.axios.com/2026/09/08/openai-math-solution-navier-stokes-credit
