NTTが、AIとロボットに薄膜の作製条件を自分で探させる実験基盤の実証結果を公開しました。次世代パワー半導体の材料として期待されるβ型酸化ガリウムを対象に、成膜と評価と次の条件決めを人の判断を挟まずに回し、実験サイクルを従来の約3倍に速めています。目を引くのは、最適条件を出して終わりにせず、人が読んで他へ持ち出せる「成膜ルール」まで取り出した点です。
AIが条件を決め、装置がそのまま動く
半導体材料の実力は、薄膜をどう作るかでほぼ決まります。温度、投入する電力、ガスの流量といった条件がわずかにずれるだけで膜の質は変わり、しかも条件同士が複雑に絡み合います。長らく熟練した研究者が勘と経験で詰めていく領域でした。
今回の基盤は、その詰めの作業を装置側に預けます。スパッタ装置の中でウェハを自動搬送し、ベイズ最適化が提案した条件で成膜し、できあがった膜を自動で光学測定して品質を数値に落とす。その数値を予測モデルへ戻して次の条件を選ぶ。この輪が人の解析を待たずに回り続けます。動かした成膜パラメータは、温度、スパッタ電力、アルゴン流量、酸素流量の4つです。
研究者が1回ずつ手を動かしていた頃と比べ、成膜から評価までの1周は約3倍の速さになったとされています。実験装置の速度が上がったわけではなく、条件を考えて次を仕込むまでの人間側の待ち時間が消えた、と理解するのが近いはずです。
スパッタ法では難物だったβ型酸化ガリウム
実証の対象に選ばれたβ型酸化ガリウム(β-Ga₂O₃)は、バンドギャップが約5eVと大きい半導体材料です。高い電圧に耐えやすく、波長の短い紫外光にも対応できるため、次世代のパワーデバイス向けとして名前が挙がり続けてきました。
問題は作り方です。大面積化とコスト低減に向くスパッタ法は量産と相性が良い一方、この材料では高品質な単結晶薄膜が得られないことが知られていました。今回はまずサファイア製ウェハの上で条件を探索し、そこで見つけた条件をβ-Ga₂O₃基板上の成膜へ移すという二段構えを取っています。
膜の良し悪しの指標には、欠陥や原子配列の乱れを反映するアーバックエネルギーを使い、この値が小さくなる方向を探しました。56回の自律探索で到達したのは182meV。スパッタ法で作られたβ-Ga₂O₃薄膜として報告されている中では最小の値だといいます。狙った結晶相だけで構成されたヘテロエピタキシャル成長も確認され、スパッタ法によるβ-Ga₂O₃の単結晶薄膜としては世界初の実現になりました。
ブラックボックスから抜け出すための解析
ここまでなら、AIによる条件探索としては珍しくありません。分かれ目は次の工程です。
自律ループで貯まった条件と品質のデータを、ランダムフォレストで解析しました。多数の決定木を束ねる手法で予測モデルを作り、その予測を各パラメータの寄与とパラメータ同士の相互作用に分解します。すると、複雑に見えていた品質の変動は、温度、電力、アルゴン流量、酸素流量それぞれの効きを足し合わせるだけで大部分を説明できることが分かりました。単純な足し算で説明しきれなかったのは、温度と酸素流量の組み合わせだけです。
そこから導かれた指針が、各パラメータを順に調整し、最後に温度と酸素流量を重点的に詰める、という手順でした。実際に研究者がこのルールに沿って再最適化したところ、アーバックエネルギーは163meVまで下がっています。抽出したルールが後付けの説明ではなく、実験を進めるうえで使える指針だったことを、結果で示した形です。
AIが出した答えを人が受け取れる形に翻訳できれば、別の材料や別の装置へ持ち出せます。条件探索の自動化ではなく、科学知識の生産に踏み込んだ、というのがNTT側の位置付けです。
残っている人手と、この先の課題
もっとも、完全な無人化ではありません。現行の構成では、ウェハをロードロックへセットする作業と、成膜後のサンプルを光学測定部へ移す作業の一部に人が関わっています。装置間の受け渡しをどこまで自動化するかは、この種の自律ラボが共通して抱える宿題です。
今後は、複数の評価指標を同時に扱う最適化や、材料物性と成膜プロセスの知識を組み込んだAIモデルの高度化を進めるとしています。扱う材料や装置を広げて検証を重ねる段階が控えており、他の研究機関の装置でも同じ手順が通用するのかは、これから確かめられていく部分でしょう。なお今回の成果は、2026年8月13日付でNature Communicationsに掲載されています。
まとめ
自律実験の価値は、これまで「速く最適解にたどり着けること」に置かれてきました。NTTの今回の実証は、そこに「なぜその条件が良いのかを人が持ち帰れること」を足しています。β-Ga₂O₃という難物でスパッタ法の単結晶薄膜に届いた事実と、抽出したルールで研究者がさらに数値を改善できた事実が、その主張を支える材料になっています。材料開発の律速がどこにあるのかを、あらためて考えさせる成果です。
