OpenAIが、10年以上にわたって主要な部分に進展がなかった数学と理論計算機科学の未解決問題について、10件の新しい結果を公開しました[1]。解いたのは、同社が次の主要モデルと位置づける「Astra」の社内版です。証明はいずれもLeanで形式化され、モデルが考えを進めていく過程の記録も併せて公開されています。

10年以上動かなかった問題を、まとめて10件

今回OpenAIが提示したのは、少なくとも10年、多くの場合はそれよりはるかに長い期間にわたって主要な結果に進展がなかった問題群への新しい解答です[1]。対象は高次元幾何学、符号理論、算術回路計算量、群論、作用素環論、量子計算量、格子暗号、極値組合せ論と広い範囲に及びます。同社はいずれもそれぞれの数学コミュニティにとって相当に関心の高い問題であり、複数は数学全体から見ても注目される問題だとしています。

内訳は次の通りです[1]。

  • 高次元の球充填。充填密度の上界をCohn–Elkiesの限界まで引き下げた。
  • 二元符号と球面符号。指定した最小距離における二元符号の最大サイズについて指数的に改善した上界を示し、高次元の球面符号でも同様の結果を得た。
  • 非ソフィック群。群論の中心的な未解決問題である非ソフィック群の存在を、構成によって示した。
  • Connesの剛性予想。ある種の群がそのフォン・ノイマン環によって一意に決まるという長年の予想を反証した。
  • 算術回路計算量。パーマネントの計算に関する算術回路と算術式の新しい下界を示し、算術式ではnの4乗をlog nで割った大きさのオーダーの下界を得た。
  • 量子並列反復。一般の2プレイヤー量子ゲームに対する指数的な並列反復定理を示し、古典計算量理論の基本原理を拡張した。
  • 最近ベクトル問題。耐量子暗号に関わる格子上の基本問題である最近ベクトル問題について、多項式因子の近似困難性を示した。
  • Ehrhartの体積予想。重心が唯一の内部格子点となる凸体の最大体積を、すべての次元について決定した。
  • 多色ラムゼー数。多色三角形ラムゼー数の超指数的な下界を示し、エルデシュ問題183を解決した。
  • 極値数に関する予想。極値グラフ理論のコンパクト性予想と退化性予想に関する結果を示し、エルデシュ問題146と180を解決した。

球充填や格子暗号のように応用側との距離が近いテーマから、作用素環論のように純粋数学の奥にあるテーマまで並んでいるのが特徴です。特定分野に最適化した専用ソルバーが得意分野を1つ攻略したという話ではなく、同一のモデルが分野をまたいで結果を出した点が今回の主張の核心にあたります。

解いたのは次期モデル「Astra」の内部版

これらの結果を出したのは、OpenAIが次の主要モデルと呼ぶAstraの社内バージョンです[1]。同社によれば、解を見つけるまでに必要としたトークンの総量は、GPT-5.6 SolのAPI料金に換算しておよそ2,000ドル(約32万円)に相当します。数学者が10年単位で足踏みしてきた問題に対する費用としては、かなり小さい数字です。

※1ドル158円換算(2026年8月1日時点)

もっとも、モデルが出力してそれで終わりというわけではありません。得られた議論は、同じモデルを使いながら人間の手で論文原稿の形に整えられています。そのうえでモデルが各議論をLeanの証明として形式化し、証明支援系による検証を通しています[1]。人間による査読とは別に、機械可読な形で正しさの裏づけを付けた格好です。あわせて、各解答についてモデルが思考過程を自分で説明した記録も公開されています。

5月のエルデシュ予想反証からの延長線

今回の発表は、突然出てきた話ではありません。OpenAIは2026年5月に、未公開モデルの評価中に見つかったとして、エルデシュの単位距離予想をAIが反証した事例を公表しています[1][2]。平面上にn個の点を置いたとき、ちょうど単位距離だけ離れた点の組がいくつ作れるかという、1946年にエルデシュが提起した問題が出発点でした[2]。

長年、最良の配置は正方格子に近い形になると考えられてきましたが、モデルは代数的整数を使ってより複雑な格子を組み立て、格子ベースの構成を大きく上回る無限個の例を作り出しました[2]。数学専用に訓練されたシステムでも、証明戦略を探索するための足場を組んだ仕組みでもなく、汎用の推論モデルから出てきた結果だった点が当時話題になりました。外部の数学者による確認では手法の妥当性が支持された一方、平面上の単位距離問題そのものは未解決のまま残っているとも指摘されています[3]。OpenAIは、この5月の成果がすでに数学と理論計算機科学のさらなる研究を触発しているとして、和積予想が実数では成り立たないことを示した論文など、複数の後続研究を挙げています[1]。

「誰の成果か」をどう書くか

技術的な内容と同じくらい踏み込んでいるのが、成果の帰属に関する記述です。OpenAIは、AIが研究に貢献できるシステムが登場したことで生じる問いは、テクノロジー企業だけで答えられるものではないと明言しています[1]。そのうえで、AIによる数学への影響を懸念する立場、たとえばLeiden declaration on AI and Mathematicsの署名者に対して深い敬意と理解を示すとしています。

このLeiden宣言は、研究レベルの数学をAIが生み出し始めた状況を受けて2026年6月に公表された国際的な数学者の声明で、国際数学連合(IMU)の支持を得ています[4]。自動生成された結果の信頼性、専有モデルを使って得られた成果の帰属、出版・査読の慣行への影響といった論点を挙げ、研究者にはAIの利用を開示すること、結果の正しさに責任を持つこと、先行研究を適切に引用することを求めています[4]。AIの排除を求める内容ではなく、コミュニティとしての明確な規範づくりを促す立場です。

OpenAI自身の姿勢もこれに沿った書き方になっています。AIシステムが全面的に生成した証明について人間の著者性を主張することは、システムの貢献と人間の知的作業の性質の双方を偽ることになる、というのが同社の言い分です[1]。今回については、原稿の準備とLeanでの形式化を人間が手伝い、正しさの責任は自分たちが負う一方、数学的な議論そのものはシステムが生成したものだと明記しています。数学コミュニティにはこれらの結果に深く関与し、文脈に位置づけ、背後にある発想を新しい研究へつなげてほしい、とも呼びかけています。

なお同社は今回の発表に先立ち、10万人の科学者と数学者に最上位のChatGPTモデルへの無償アクセスを提供する取り組みを開始しています[1]。研究者側にツールを行き渡らせることが、この分野の将来を研究者自身が定義していくための前提になる、という位置づけです。

まとめ

OpenAIが公開したのは、10年以上進展のなかった数学・理論計算機科学の問題に対する10件の結果と、それを生んだ次期モデルAstraの社内版という組み合わせです。証明はLeanで形式化され、思考過程の記録も公開されました。約32万円分のトークンで長年の未解決問題に手が届いたという事実と、成果を誰の名前で書くのかという議論が、同時に押し寄せてきた発表と言えます。

出典[1]: https://openai.com/index/ten-advances-in-mathematics/

出典[2]: https://openai.com/index/model-disproves-discrete-geometry-conjecture/

出典[3]: https://www.understandingai.org/p/openais-milestone-math-breakthrough

出典[4]: https://www.lms.ac.uk/news/leiden-declaration-on-ai-and-mathematics