Google Researchが2026年8月31日、時系列予測の基盤モデル「TimesFM-3」を公開しました。これまでの世代が1本の系列だけを見て未来を描いていたのに対し、今回は複数の系列と外部要因を同時に受け取れます。追加学習なしで使えるゼロショットの手軽さはそのままに、実務の予測が抱えていた前処理の手間を丸ごと引き受ける設計になりました。
1本の折れ線だけでは足りなかった
売上の予測を考えてみます。アイスクリームの来月の販売数を知りたいとき、過去のアイスクリームの売上だけを眺めても、答えは半分しか見えません。コーンやシロップといった関連商品の動き、店舗の来客数、そして来月に入っている販促キャンペーンや天気予報。実際の売れ行きは、こうした複数の要素が絡み合った結果として決まります。
ところが2025年9月に登場したTimesFM-2.5までは、モデルが扱えるのは単変量、つまり1本の系列の履歴だけでした。関連情報を活かしたければ、利用者側で特徴量を作り込むか、別の機械学習モデルを併用するしかありません。基盤モデルの売りである「学習せずにすぐ使える」という利点が、現場に持ち込んだ途端に薄れてしまう構図です。
TimesFM-3は、この多変量という条件を最初から前提にして事前学習されています。パラメータ数は3億3,000万で、実データと合成データを合わせて1兆点を超える時系列コーパスで学習されました。モデルの規模としては決して大きくありませんが、扱える情報の幅が一段広がった格好です。
受け取れる情報は3種類
TimesFM-3が入力として理解する情報は、性質ごとに3つに分かれます。
1つ目は複数のターゲットです。関連し合う系列をまとめて予測できます。ブランド違いのアイスクリームを同時に扱うようなケースが該当し、点予測と分位点予測の両方に対応します。
2つ目は過去共変量です。来客数のように、過去の値は分かっているものの未来は分からない情報を指します。
3つ目が過去未来共変量で、ここが実務では効いてきます。販促の実施日や天気予報のように、未来の予定として既に確定している情報です。予測したい期間に何が起きるかを事前に教えられるため、モデルは過去の履歴から「販促があると売上がどう動くか」という関係を学び取り、それを未来の予定日に当てはめられます。
Googleが示した例では、単変量モデルが週次の周期をそのまま延長するだけだったのに対し、販促スケジュールを渡したTimesFM-3は販促日ごとにおよそ20パーセントの伸びを織り込んだ予測を返しました。1か月分を積み上げると、売上見込みの精度に無視できない差が出ます。
予測期間を1回の推論でまとめて出す
内部構造は、これまでと同じデコーダーのみのトランスフォーマーを踏襲しています。連続する32ステップ分のデータ点をひとまとめのパッチとして扱い、系列ごとに正規化をかけて桁の違いを吸収する点も同様です。過去未来共変量については、現在のパッチに未来のパッチを連結したトークンを作り、モデルが先の情報を覗けるようにしています。
トークン化されたあとの処理は、2次元の格子として説明されています。時間方向には因果的な注意機構が働き、あるトークンは同じ系列の過去のトークンだけを参照します。系列方向には制限のない注意機構が働き、同じ時点にある他の系列すべてを見に行けます。この2種類を層ごとに交互に重ねることで、時間的なパターンと系列間の相関を同時に学習する仕組みです。
生成の手順も変わりました。従来はパッチを1つずつ順番に作っていたため、遅延と誤差の蓄積、そして計算コストが積み上がっていました。TimesFM-3ではContiguous Patch Maskingという手法を採り、予測したい期間の分だけマスクしたトークンを最初から並べておき、1回の順伝播ですべてを埋めます。反復ループが要らないぶん、素直に速くなります。
出力は点推定だけではありません。各ターゲットの各時点について、10パーセンタイルから90パーセンタイルまで9つの分位点を返します。予測の不確実性がどれくらいの幅に収まるのかが、そのまま数値として得られる形です。在庫や人員の計画では、中央値よりも上振れ下振れの幅のほうが判断材料になる場面が多く、この出力形式は実務と相性が良さそうです。
3つのベンチマークで首位
評価に使われたのは、GIFT-Eval、FEV-Bench、TIMEという3つの公開ベンチマークです。事前学習済みの基盤モデルという枠の中で、TimesFM-3は点予測と確率予測の両方の指標で首位に立ったと報告されています。比較対象には、多変量に対応したChronos-2やToto 2.0系列、そして前世代のTimesFM-2.5が含まれます。
興味深いのは、共変量も系列間の情報も一切与えない単変量モードで動かした場合でも、TimesFM-3が他モデルと同等かそれ以上の成績を出している点です。多変量への対応が、従来型の使い方の性能を犠牲にしていないことになります。そのうえで多変量モードに切り替えると、順位はさらに引き離されるという結果でした。
今すぐ試せる場所
TimesFM-3はGitHubとHugging Faceで公開済みです。BigQueryへの統合は数週間のうちに提供される予定とされています。それを待たずに感触を掴みたい場合は、単変量向けのTimesFM-2.5がBigQueryのAI.FORECASTコマンドから既に使えます。機械学習の専門知識がなくてもSQLの延長で呼び出せるため、社内データで当たりを付ける段階には手頃です。
なおTimesFM-3は、小売や金融、オブザーバビリティ、製造、医療、自然科学といった分野での採用実績を踏まえて開発されたとされています。系列が増えるほど扱いが難しくなるのが時系列予測の常ですが、その難所を追加学習なしで越えられるなら、専任のデータサイエンティストを置けない現場にとっての意味は小さくありません。
まとめ
TimesFM-3の要点は、多変量を前提に事前学習されたこと、予測期間を1回の推論でまとめて生成すること、そして3つの公開ベンチマークで首位を取ったことの3点です。販促や天候のように未来が既に決まっている情報を渡せる設計は、実務の予測でとくに効いてきます。GitHubとHugging Faceで既に触れる状態なので、まずは手元のデータで単変量モードと多変量モードを比べてみると、共変量を用意する価値がどれくらいあるのかが見えてくるはずです。
