Anthropicは、科学研究のための新しいAI作業環境「Claude Science」をベータ版として公開しました[1]。論文の調査からデータ解析、図表や原稿の作成までを一つの環境でこなせるアプリで、生成した成果物には作成手順がすべて記録され、後から検証や再現ができます。Claude Pro・Max・Team・Enterpriseの契約者がmacOSとLinuxで本日から利用できます[1]。新しいモデルではなく、研究者の作業の流れそのものを取り込んだ点が特徴です[2]。
散らばった研究の道具をひとつの環境に集約
研究の現場では、数十のデータベースを横断し、専用の処理が必要なファイル形式を扱い、PubMedやJupyter、R、計算クラスターの端末といった複数のツールを行き来する作業が欠かせません[1]。Claude Scienceは、こうしたばらばらの道具を一つの研究環境にまとめ、文献の分析から多段階の解析、図表や原稿の作成までを通して進められるようにします[1]。
利用者は、全体を取り仕切る汎用エージェントとやり取りします。このエージェントは、ゲノミクス・単一細胞解析・プロテオミクス・構造生物学・ケモインフォマティクスなどに合わせて事前設定された60を超えるスキルとコネクターを使えます[1]。エージェントは必要に応じて別のエージェントを呼び出し、利用者が作った専門エージェントとも連携します。さらに別の「レビュー担当」エージェントが引用や計算を点検し、誤りを見つけて修正します[1]。
再現できる成果物と、自動で管理される計算資源
科学研究は本質的に視覚的だという考えから、Claude Scienceは図表や原稿を、それを生み出したコードと一緒に作成します[1]。3次元のタンパク質構造、ゲノムブラウザーのトラック、化学構造式などをそのまま描画でき、図を作る際には、生成に使った正確なコードと実行環境、平易な説明、そしてやり取りの全履歴を添えます[1]。これにより、数か月後でも入力内容を把握でき、検証や再現が容易になります。「グリッド線を消す」「軸を対数スケールにする」といった指示を普通の言葉で出すと、エージェントが自分のコードを書き換えて図を修正します[1]。
大規模な解析の計算資源もエージェントが管理します[1]。タンパク質の折りたたみ計算や巨大なデータを扱うゲノム解析のように、本来はジョブの設定や待ち時間、成否の確認といった手間がかかる処理について、Claude Scienceはまず計画を立て、新しい資源に接続する前に確認を求めたうえで、研究室が既に使っているインフラ(SSH経由の自前のHPCクラスターや、オンデマンド計算のModalアカウント)へジョブを送ります[1]。解析はGPU1基から数百基まで必要に応じて拡張されます。データは研究室自身の環境に置いたまま処理され、各段階で必要な分だけがClaudeに送られる設計です[1]。処理の途中で会話を分岐させ、二つの手法を元のやり取りを失わずに比較することもできます[1]。
専門分野に最初から対応、NVIDIAのツールキットとも連携
科学的な知識は数百の専門的な情報源に散らばっています。生物学であれば、UniProt・PDB・Ensembl・Reactome・ClinVar・ChEMBL・GEOといった、それぞれ独自の構造と問い合わせ言語を持つ資源にデータが分散しています[1]。Claude Scienceでは、平易な言葉で質問すると専門エージェントがこれらを横断して検索し、内容を統合します[1]。
ライフサイエンス分野では、NVIDIAの「BioNeMo Agent Toolkit」を使って、Evo 2やBoltz-2、OpenFold3といったモデルやライブラリーに直接つなぎます[1]。研究者が既に信頼して使っているモデルやデータセット、解析の手順をつなぐこともでき、任意の処理を再利用可能なスキルとして保存すれば、以降のセッションが自動的にそれを引き継ぎます[1]。
研究現場での活用例
ベータ版での数か月の間に、研究者は単一細胞のRNA配列解析やCRISPRスクリーニングの設計、タンパク質構造の予測といった作業にClaude Scienceを使ってきました[1]。
組織を狙い撃ちする医薬品を設計するManifold Bioは、最新の実験での標的選びにClaude Scienceを使いました[1]。組織と標的ごとに、表面での発現量や体内での動き、安全性を評価し、同社が自社データから学んできた基準に照らして候補を順位付けしたといいます。汎用のコーディング補助と違い、必要なデータ収集から判断までを一貫して行えた点が際立っていたと同社は述べています[1]。
Allen Instituteの神経科学者Jérôme Lecoq氏は、長文のレビュー論文を書くための約20の独自スキルからなる仕組みをClaude Scienceで構築しました[1]。下位のエージェントが数千本の論文から中心的な主張と定量的な発見を抜き出して証拠データベースに蓄え、章ごとに専用エージェントへ割り当てて執筆を進めます。従来は最大2年かかっていたレビュー作成が大きく短縮され、現在では100ページを超えるものを含め約10本を仕上げたとしています[1]。
UCSF脳腫瘍センターの准教授で疫学者のStephen Francis氏は、神経膠腫(グリオーマ)の分子疫学研究にClaude Scienceを活用し、従来の約10分の1の時間で包括的な解析を進められたといいます[1]。同氏のグループは結果を独自に検証し、迅速さと頑健さの両立を確認したとしています。
提供範囲と研究支援プログラム
Claude Scienceのアプリは、Pro・Max・Team・Enterpriseの各プラン向けに、macOSとLinuxでベータ提供されます[1]。TeamとEnterpriseでは管理者による有効化が必要です。Anthropicは、学術機関や非営利の研究組織に所属する活動中の研究室向けに、割引価格の席を用意したプランも始めました[1]。
あわせて、最大50件の「AI for Science」プロジェクトを支援し、1件あたり最大30,000ドル(約490万円)分のクレジットを提供します[1]。Modalも選ばれたプロジェクトに最大2,000ドル(約32万円)分の計算資源を提供します。応募は2026年7月15日まで受け付け、採否は7月31日までに通知され、プロジェクトは2026年9月1日から12月1日まで実施される予定です[1]。
※1ドル162円換算(2026年6月30日時点)
まとめ
Claude Scienceは、新しいモデルを売り込むのではなく、研究者が日々行き来している道具と計算資源を一つの環境に束ね、その作業の流れごとAIに取り込もうとする試みです[2]。文献調査から解析、図表・原稿づくりまでを通して進められ、成果物にはコードと実行環境、履歴が添えられて再現性を担保し、レビュー担当エージェントが引用や計算を点検します。NVIDIAのBioNeMo Agent Toolkitや60を超える専門データベースとの連携、研究室自身のインフラを使う設計も、実際の研究に踏み込む姿勢を示しています。もっとも、現時点での提供はmacOSとLinux向けのベータに限られ、専門分野ごとにどこまで使い物になるかは、各研究室での実運用による検証を待つ段階だといえるでしょう。
出典:https://www.anthropic.com/news/claude-science-ai-workbench
