CFOやCOO、法務顧問といった経営幹部の役割を8体のAIエージェントに割り当て、利用者には1人の幹部として応答するオープンソースのシステム「Open Executive」が注目を集めています。開発したのはマルチエージェントシステムを手がけるSente Labsで、ライセンスはApache 2.0。手元のサーバーに立てて自社の資料を読ませる使い方が前提になっています。

8体の専門エージェントを1人の「幹部」に見せる

Open Executiveの設計で特徴的なのは、内部構造を利用者に見せない点です。質問を受け取るのは「Executive Orchestrator」と呼ばれる司令塔で、内容に応じて必要な専門エージェントを並列に呼び出し、返ってきた見解を1つの回答にまとめ直します。利用者から見えるのは、常に同じ人格の経営幹部が答えているという体裁だけです。

担当が分かれているのは次の8領域です。最高戦略責任者は競合分析やM&A、目標管理を、最高財務責任者は財務モデリングや資金調達、ユニットエコノミクスを扱います。最高人事責任者は採用と報酬や企業文化、法務顧問は契約と知的財産、コンプライアンス。最高執行責任者は業務プロセス設計とベンダー管理、最高マーケティング責任者は市場投入戦略とブランド、最高製品責任者はロードマップと優先順位付け、そして取締役会広報担当ディレクターが取締役会資料と投資家向け広報を受け持ちます。

モデルの使い分けも役割ごとです。既定はclaude-sonnet-4-6ですが、戦略・財務・法務・取締役会の4領域だけはclaude-opus-4-7を拡張思考付きで呼びます。判断の重い領域にだけ高価なモデルを割り当てる、実務的な設計です。

「先月そう言いましたよね」が成立する記憶の仕組み

チャットボットとの最大の違いとして押し出されているのが、セッションをまたいで残る記憶です。回答を返し終えるたびに、背後でclaude-haiku-4-5が走り、その会話で決まったことや進行中の取り組み、与えた助言を抽出してSQLiteに書き込みます。次に開いたセッションの冒頭には過去の決定事項がブロックとして差し込まれ、先月の議論を踏まえた続きから話し始められます。

知識の側は2層構造です。1つはMBAレベルの内容をMarkdownで持つ組み込み知識で、起動時にベクトルデータベースのChromaDBへ投入されます。もう1つは利用者がアップロードした自社資料で、ピッチ資料でも財務モデルでも戦略文書でも、分割して別のコレクションに保存され、関連する質問のときだけ検索されます。取り出した内容はシステムプロンプトではなくユーザー側の発話に混ぜ込む設計になっており、キャッシュを壊さないための工夫です。

そのキャッシュも作り込まれていて、幹部の人格、会社プロファイル、知識のインデックスをそれぞれ別々にキャッシュします。数ターン進んだ時点で最大85パーセントのキャッシュヒット率になるとされており、長い会話ほど費用面で効いてきます。

Claudeを使わないという選択肢もある

Anthropicのモデルが前提のように見えて、実はAPIキーなしでも動きます。Ollama、LM Studio、vLLM、llama.cppといったOpenAI互換のローカルサーバーを指定すれば、司令塔から専門エージェントまですべてを手元のモデルで回せます。OpenRouter経由で他社モデルを混ぜ、幹部だけClaude、個別の専門家はローカルモデルという組み合わせも可能です。

ただし制約もはっきり書かれています。サーバー側のWeb検索、プロンプトキャッシュ、拡張思考はローカルモデルでは使えません。加えて、この仕組みは司令塔がツール呼び出しで専門家を選ぶ構造なので、ツール利用が不得意な小型モデルを持ってくるとそもそも振り分けに失敗します。動かすこと自体は簡単でも、回答の質はモデル選びに素直に跳ね返る設計です。

経営助言の品質をCIで測る

助言の中身をどう担保するのかという疑問に対しては、評価スイートが用意されています。8領域を網羅する29のシナリオがあり、それぞれに想定される企業の状況と扱うべき論点、呼ばれるべき専門家、採点基準が定義されています。採点役はclaude-opus-4-7で、人格の一貫性、専門知識の正確さ、企業文脈の活用、振り分けの適切さ、実行可能性の5つを5段階で評価します。

平均3.5点を下回るとCIが通らず、どれか1項目でもmainブランチ比で10パーセント以上落ちたプルリクエストは弾かれます。新しい専門エージェントを追加する場合も、評価シナリオを2つ以上添えることが条件です。経営助言という主観的になりがちな出力に対して、モデルによる採点を回帰テストとして常設している点は、この種のプロジェクトとしては珍しい部類に入ります。

動かすまでの手間と、預ける情報の扱い

構成はPython 3.11以上のFastAPIとNext.js 15で、リポジトリをクローンして環境変数を1つ設定し、makeコマンドを叩けば起動します。初回だけは埋め込みモデルの取得などで数分かかりますが、2回目以降は速くなります。

git clone https://github.com/SenteLabsAI/OpenExecutive.git
cd OpenExecutive
cp .env.example .env
make dev

入り口はWeb UIだけではありません。Slack、メール、Telegram、Google Chat、Discord、そしてコマンドラインからも同じ幹部に話しかけられます。Discordではメンションのほか、スラッシュコマンドでの質問にも対応します。

気になるのは自社の資料を預ける部分ですが、会社プロファイルやアップロード文書、ベクトルデータベースの中身はすべてバージョン管理から除外され、ローカル、あるいは自分で用意したクラウドのボリュームに留まります。外に出るのはAnthropicのAPIへ送られるプロンプトの一部だけ、という整理です。もっとも、財務モデルや取締役会資料を丸ごと読ませる前提のシステムである以上、どこまで預けるかは運用側で線を引く必要があります。

まとめ

Open Executiveは、AIに経営を代行させるというより、常時待機している相談相手を自社の文脈込みで持つための仕組みです。GitHubでは本稿更新時点でスター3,246件、フォーク306件を集めており、Apache 2.0のため商用利用も可能です。8体の専門エージェントという構成そのものより、記憶と評価を作り込んで再現性を確保しようとしている点に、この種のツールの成熟が見て取れます。