Anthropicが、Googleのテンソル処理ユニット(TPU)プログラムを立ち上げたAmir Salek氏を計算基盤チームに迎えたと報じられました。同社は8月上旬に自社チップの設計チームを募集していることが明らかになったばかりで、そこへ「7世代分のTPUを実際に出荷した人物」が加わった形です。計算資源をどこから調達するかという問題に、Anthropicが自前の半導体で答えを出そうとしていることがはっきりしてきました。
※1ドル159円換算(2026年8月21日時点)
7世代のTPUを世に出した人物
Salek氏の経歴は、AIチップの世界では極めて分かりやすい部類に入ります。NVIDIAでおよそ8年間エンジニアリング担当のシニアディレクターを務め、GPUやTegraを手掛けたSoC設計組織を立ち上げました。その後2013年にGoogleへ移り、データセンター向けのカスタムシリコン部門を新設しています。
Googleでの9年間で送り出したのが、TPUの第1世代から第7世代、そしてエッジ向けのEdge TPUです。現在Googleの推論・学習基盤を支えているTPUの土台部分は、この時期に作られました。2022年3月からは投資会社Cerberus Capital Managementでシニアマネージングディレクターを務め、半導体やエッジコンピューティングへの投資を担当していました。
つまりSalek氏は、加速器のアーキテクチャを論文で語る研究者ではなく、量産チップのプログラムを何世代も回してきた実務家です。しかも回してきた相手は、Anthropicが今まさに直面しているのと同じ規模のインフラでした。
「他社に頼るだけでは足りない」という認識
Anthropicは現在、NVIDIA、Google、Amazonなど複数の供給元からチップを調達しています。それでも8月上旬に自社チップの設計チームを立ち上げる方針が明らかになった際、同社は既存のパートナーシップだけでは十分ではないという趣旨の説明をしていました。
理由は分かりやすいものです。Claudeの需要が伸びるほど、割り当ての順番待ち、リードタイム、そして自社では決められない価格の3つが重くのしかかります。供給元を増やしても、この3つは他社の都合で動く変数のままです。自社で設計した半導体を持てば、その変数を自分の側に取り戻せます。
同社は英国のチップスタートアップFractileに対して、およそ2億5,000万ドル(約400億円)の初期発注を行い、将来的な契約拡大の意向も示しているとされています。既製品を買う、効率を上げる、自分で作る。この3方向を同時に走らせているのが今のAnthropicです。
自社シリコンは「第3のフロンティアラボ」へ
主要なAI企業が自社チップに向かうのは、Anthropicが初めてではありません。GoogleはTPUを9年以上量産し続けていますし、OpenAIもBroadcomと組んで推論向けの独自チップを開発しています。今回の採用は、Anthropicがその列に本格的に加わることを意味します。
興味深いのは、Anthropicが汎用的な半導体業界のベテランではなく、TPUプログラムそのものの創設者を選んだ点です。ゼロから量産シリコンの体制を組む工程は、失敗の型がある程度決まっています。その型を一度通過した人物を連れてくることで、立ち上げ期の試行錯誤を圧縮しようという狙いが読み取れます。
ただし、今すぐ何かが変わるわけではない
期待先行で読むと足をすくわれる部分もあります。まず、この件についてAnthropicから公式な発表は出ていません。報道ベースの情報であり、正式な役職や着任日も明らかになっていない段階です。
技術面でも、アーキテクチャ、学習向けか推論向けかという用途、製造委託先、投入時期といった具体的な情報は何一つ出ていません。半導体の開発は設計だけで終わらず、製造、パッケージング、ソフトウェアの立ち上げまで必要で、ソフトウェアのように短縮が効かない工程が続きます。第1世代が実際にラックへ収まるまでには相応の年数がかかります。
そして、自社チップの計画が途中で静かに畳まれる例も業界には珍しくありません。有力な人材の採用は強い意思表示ではありますが、製品の保証ではないという点は押さえておく必要があります。API料金がすぐ下がるといった話にも直結しません。
まとめ
GoogleのTPUを第1世代から第7世代まで送り出したAmir Salek氏が、Anthropicの計算基盤チームに加わったと報じられました。8月上旬に明らかになった自社チップ設計チームの構想に、実際にその仕事を完遂した経験のあるリーダーが就いた形です。公式発表がなく、チップの仕様も時期も未定という段階ではありますが、Anthropicが計算資源の確保を他社任せにしない方向へ舵を切ったことは、これで一段はっきりしました。
参考リンク
[1] Bloomberg: Anthropic Taps Google Chip Veteran as Part of Push Into Hardware
