xAIは現地時間6月28日、新しいAIアシスタント「Grok 4.5」を、傘下のSpaceXとTesla向けに非公開ベータとして提供し始めました。中核には1.5兆パラメータの新しい基盤モデル(さまざまな用途の土台になる大規模モデル)「V9」を採用しています。イーロン・マスク氏は「初期の評価では、Anthropicの最上位モデルOpusに迫る、あるいは上回る可能性がある」と述べていますが、モデルは社外に公開されておらず、第三者による検証は行われていません。同時に明かされた「毎月、ゼロから新しい基盤モデルを出す」という計画にも注目が集まっています。

1.5兆パラメータの新基盤「V9」

Grok 4.5を動かすV9は、xAIにとって9世代目にあたる基盤モデルで、事前学習(大量のデータでモデルの土台を作る工程)を5月26日に完了しました。パラメータ数は1.5兆で、現在Xやテスラ車で量産稼働している「v8-small」の5000億から3倍に拡大しています。

もっとも、規模の拡大だけで性能が決まるわけではありません。V9では、コード開発支援ツールCursorの作業データを、事前学習の最初からではなく、その後の補助的な学習段階で追加したとされます。xAIの技術者は「最初の学習から組み込むほどには良くない」と認めており、次に控える2兆パラメータのモデルでは、Cursorのデータを事前学習の段階から取り込む設計だと説明しています。つまり、いまベータに入ったばかりのGrok 4.5は、後継モデルがまさに解消しようとしている構造上の弱点を抱えている可能性があります。

V9はNVIDIAのBlackwell世代GPU向けに最適化され、テネシー州メンフィスに置かれたxAIの大規模計算基盤「Colossus」で学習されました。ベータ運用中も強化学習(試行錯誤を通じて性能を高める手法)によって改良が続いているといいます。

「Opusに迫る」は社内評価にとどまる

マスク氏の主張で気をつけたいのは、その根拠となる評価がすべて社内で行われている点です。テストを担うSpaceXとTeslaは、いずれもxAIを傘下に収めたSpaceX corporationの一部であり、間に独立した第三者は存在しません。

加えてxAIは、現行世代のGrokを主要な第三者ベンチマークに提出していません。AI業界では、開発元の自己申告値と外部測定値がずれる例が繰り返し報告されており、あるモデルでは開発元が難問テストで50パーセントと主張した一方、独立した研究者の測定では29.4パーセントにとどまった事例もあります。

比較対象そのものも動いています。独立機関が9種類の評価を束ねて算出する「Artificial Analysis Intelligence Index」では、現在Claude Fable 5やClaude Opus 4.8といったClaude系モデルが上位を占め、Grokは登場しません。コーディング能力を測る「SWE-bench Verified」でも、Opus 4.7上で動くClaude Codeが87.6パーセントを記録したのに対し、xAIの旧モデルは70.8パーセントでした。V9が旧モデルより進歩しているのは確かでしょうが、公開もベンチマーク提出もされていない以上、「Opusに迫る」という言葉は現時点では検証できない主張です。

なぜSpaceXとTeslaが先なのか

Grok 4.5が一般公開より先に社内へ回された背景には、企業構造の変化があります。SpaceXは2026年2月にxAIを買収し、ロケット企業とAI研究所を合計評価額1.25兆ドル(約201兆円)の一つの組織にまとめました。※1ドル=161円換算(2026年7月3日時点)

この合併は、モデル開発に特殊な循環を生みました。多くのAI企業は公開ベンチマークや模擬課題でモデルを試しますが、SpaceXとTeslaは衛星の軌道計算、車両の製造工程、数千人規模のエンジニアが書くソフトウェアといった、実務そのものの負荷を生み出します。標準的な試験の点数では測れない情報が、ここから得られるという狙いです。

ただし、これは一般ユーザーが使える製品ではありません。開発者が利用する公開APIは、いまも「v8-small」を土台とするGrok 4.3で動いており、マスク氏自身が以前「多くの根本的な欠陥がある」と評したモデルです。SpaceXの現場に置かれたモデルと、APIで使えるモデルの差は、パラメータ数にしておよそ1兆に及びます。

新基盤モデルを「毎月」出す計画

今回の発表で見逃せないのは、ベータ投入そのものよりも、その中に埋め込まれた計画のほうかもしれません。xAIは、既存モデルの改良版ではなく「ゼロから学習し直した」新しい基盤モデルを、2026年末まで毎月出すとしています。

ソフトウェアの毎月更新は珍しくありませんが、基盤モデルの毎月更新は事情が違います。基盤モデルの学習には数億ドル規模の費用がかかり、事前学習・教師あり微調整・強化学習という工程を順に踏む必要があります。これを本当に毎月回すのであれば、Colossusの計算能力に関する前例のない主張ということになります。

開発者にとっては、性能とは別の悩みも生まれます。あるモデルを評価し、製品に組み込んだ直後に、30日ごとに新しいモデルが登場するとすれば、乗り換えの手間や費用は無視できません。速い更新ペースは、開発者のモデル選びをむしろ難しくしかねない側面があります。

Cursor買収との関係

xAIの動きは、コード開発支援ツールCursorの買収とも絡んでいます。開発元Anysphereとの間で結ばれたこの取引は、総額600億ドル(約9兆7,000億円)の全株式交換で、2026年6月に署名され、第3四半期中の完了が見込まれています。実現すればxAIは、Cursorの作業データと、100万人を超える開発者の利用基盤を手にすることになります。

もっとも、当面の制約は時期です。CursorはこれまでAnthropicのClaude、OpenAIのGPT、そして自社のComposerなど複数のモデルを同時に扱える「モデル非依存」の姿勢を保ってきました。合併が完了し、V9系のモデルが公開APIに届くまで、こうした選択肢はそのまま維持される見通しです。

まとめ

Grok 4.5はxAI史上最大の基盤モデルV9を採用した意欲的なモデルですが、その実像はまだ多くが伏せられています。SpaceXとTeslaでの非公開ベータにとどまり、一般公開の時期は示されず、第三者ベンチマークにもかけられていません。しかも一般ユーザーが実際に触れる公開APIは、開発者自身が欠陥を認める旧モデルのままです。「Opusに迫る」という性能主張が本物かどうかは、公開と独立した評価を待つほかありません。毎月ゼロから新モデルを出すという計画が実現すれば業界の速度感を塗り替えますが、今のところ、語られている性能と手元で使える性能の間には1兆パラメータ分の隔たりが残っています。