AIの計算は、いまや光の速さで進みます。NVIDIAは、その「光の配線」を担う光半導体メーカーCoherentに2026年3月に20億ドル(約3,200億円)を出資しており、両社は次世代AIインフラ向けの光技術で提携しています[1][2]。そのCoherentが、米テキサス州シャーマンで製造棟の拡張に着工しました。なぜ銅の配線ではなく光が、AIインフラの要になりつつあるのか。発表内容を整理します。
なぜAIに「光の配線」が必要なのか
NVIDIAの次世代システムでは、機器をつなぐ規模が桁違いに大きくなります。たとえば「Vera Rubin Ultra NVL576」は、72基のRubin Ultra GPUを積んだNVLinkラックを8つ束ね、合計576基のGPUを1つのシステムとして動かす構成です[1]。これだけ離れた機器の間では、従来の銅の配線では信号を十分な速さで届けられません。
信号の伝送速度が上がるほど、銅の配線が信号を保てる距離は短くなります[1]。8つのラックを銅でつなごうとすると、信号を整える回路に電力を取られ、本来は計算に回したい電力を無駄にしてしまいます。そこで使われるのが、データを光に変えて運ぶシリコンフォトニクス(光を使った半導体技術)です。電気から光へ変換する際に一度だけコストはかかりますが、いったん光にしてしまえば距離による損失はほとんどありません[1]。NVL576ほどの規模になると、光がもっとも電力効率の良い選択肢になるとNVIDIAは説明しています。
Coherentが作るのは、そのための部品です。同社の「プラガブル光モジュール」は、USBメモリほどの大きさのトランシーバーで、NVIDIAのネットワークスイッチの前面に挿し込み、銅では届かないラック間のデータ伝送を担います[1]。各モジュールには、インジウムリン(InP)という化合物半導体で作ったレーザーが1基ずつ入っています。
テキサス工場の拡張で何が増えるのか
今回着工したのは、シャーマンにある既存工場の製造棟の拡張です[1]。ここで増産されるのが、チップやサーバー、データセンターの間を光速でデータが行き交うときの土台となるInPウエハーです。Coherentは、世界初という6インチのインジウムリン製造ラインを持っています。
ポイントはウエハーの大きさです[1]。シリコンの工場が12インチのウエハーを使うのに対し、InPの生産は世界の多くがいまだに3〜4インチにとどまっています。ウエハーの面積は直径の2乗に比例して増えるため、3インチから6インチへ移ると使える面積はおよそ4倍になります。1回の製造でとれる部品が増え、コストも下がります。最初のラインを立ち上げるのに50年かかった一方、その能力をわずか1年で4倍にしたとされ、AI向け需要の勢いがうかがえます。
工場が本格稼働すれば、この拠点だけで550人を超える直接雇用が生まれる見込みです[1]。半導体レーザーはもともと米国の研究所で生まれた技術で、Bell Labsが1970年に室温で動作するものを実証しました。その後、技術と製造の多くは海外へ移りましたが、Coherentは1971年の創業以来、米国で製造を続けてきた会社です。
NVIDIAとCoherentの3,200億円規模の提携
今回の拡張は、両社の関係強化の延長線上にあります[1]。NVIDIAとCoherentの付き合いはおよそ20年に及び、2026年3月には多年にわたる戦略的提携へと踏み込みました[1][2]。NVIDIAはCoherentに20億ドル(約3,200億円)を出資し、研究開発・将来の生産能力・米国内での製造を後押しするとともに、先端レーザーや光ネットワーク製品を数十億ドル規模で購入する契約も結んでいます[2]。
NVIDIA自身も、業界連携を通じて米国内で最大5,000億ドル(約80兆円)規模のAIインフラを生産する計画を掲げ、アリゾナ州やテキサス州に新たな拠点を設けます[1]。今回の工場拡張には、半導体製造の国内回帰を促す米国のCHIPS法から5,000万ドル(約80億円)の補助金も充てられます。
※1ドル=160円で換算(2026年6月16日時点)
光の部品は、論理チップほど話題にはなりません[1]。しかし、GPUが大規模になるほど、計算する力と同じくらい「つなぐ力」が重要になります。CoherentのアンダーソンCEOは「AIは計算で動くが、規模を広げるのは接続だ」と述べ、その接続を支える土台がシャーマンで育つと語りました。
まとめ
NVIDIAが20億ドルを出資するCoherentが、テキサス州シャーマンで光半導体工場の拡張に着工しました[1]。増産されるのは、AIインフラの「光の配線」を担うインジウムリンのウエハーです。GPUを数百基単位で1つのシステムとして動かす時代には、銅に代わって光がデータを運ぶ主役になります。派手な製品ではありませんが、AIの計算規模を押し上げる土台づくりとして、見えにくい部品の存在感がこれから一段と増していきそうです。
[1] https://blogs.nvidia.com/blog/coherent-texas-ai-optical/
