宇宙空間でAI推論をこなす衛星を手がける米国のStarcloudが、シリーズAに2億5,000万ドル(約400億円)の追加調達を上乗せしました。評価額は23億ドル(約3,660億円)に達し、出資者にはNVIDIAとCiscoが名を連ねます。ただし同社が資金を積み増している最大の理由は、衛星そのものではなく、打ち上げ枠の争奪戦にあります。
※1ドル159円換算
シリーズAは合計4億2,000万ドル規模に
Starcloudが今回上乗せしたのは、2026年3月に実施した1億7,000万ドル(約270億円)のシリーズAに対するエクステンション(追加ラウンド)です。今回の2億5,000万ドルを加えると、このラウンドだけで4億2,000万ドル規模になります。
ラウンドをリードしたのはManhattan West Venturesで、NVIDIAとCiscoが参加しました。関係者によれば、NVIDIAの拠出額は2,500万ドル(約40億円)です。ほかにBenchmark、EQT、Soma、NFX、776、Cedar Capital、Goanna Capital、Standard Capitalが名前を連ねています。
調達した資金の使い道は2つに整理できます。1つは、より大規模な製造施設の開設。もう1つが、同社最大の軌道データセンター機となるStarcloud-3の開発です。この機体はSpaceXが開発中のStarshipで打ち上げる計画になっています。
資金が向かう先は衛星ではなく打ち上げ枠
Philip Johnston最高経営責任者(CEO)が資金を積み増している動機は、やや意外なところにあります。ロケットの座席が足りなくなる、という読みです。
打ち上げ能力の確保が、いまや最大のコスト項目のひとつになっていると同氏は説明します。背景にあるのが、SpaceXの主力機Falcon 9の計画終了が2028年に設定されていることです。SpaceXは実績豊富なFalcon 9を段階的に引退させ、はるかに大型ながら実証途上のStarshipへ移行しようとしています。衛星運用側から見れば、数年先の打ち上げ計画が立てにくい状況です。
代替となるはずのロケットも、当てにできる段階には至っていません。Blue OriginのNew GlennとULAのVulcanは定期的な打ち上げに入っておらず、Rocket LabのNeutronはまだ発射台に立っていません。そのためStarcloudは、可能な限り早くStarshipのような機体と契約を結びたいと考えています。同社はすでに、米連邦通信委員会(FCC)に対して8万8,000機の宇宙機を運用する許可を申請しており、必要となる打ち上げ回数は膨大です。
当面の現実的な計画としては、8kW級の新世代演算衛星Starcloud-2を2機、2027年にライドシェア便で打ち上げます。この2機は米政府機関を含む顧客向けに、軌道上での推論処理を担います。さらに機体数を増やすため、Falcon 9の専用打ち上げを購入する案や、他の打ち上げ事業者と契約する案も並行して検討されています。
Starcloudの事業構想そのものが、Starshipによる打ち上げコストの低下を前提に組まれています。地上のデータセンターと競争できる軌道上の推論レイヤーを作るには、輸送費が下がらなければ成立しません。Johnston氏は、SpaceXが世界最強のロケットを短い間隔で繰り返し再使用できることを示すはずだと見ています。もっともイーロン・マスク氏は今週、帰還したStarshipを捕獲する試験を数カ月延期し、初の再飛行は年末から2027年初頭になると述べたばかりです。2029年にSpaceXの打ち上げ枠を押さえられなければ厳しい、というのがJohnston氏の率直な見立てです。
軌道上のH100が呼び込んだNVIDIAの出資
NVIDIAが今このタイミングで出資した理由について、Johnston氏は軌道上で得られた実データを挙げています。
Starcloudは、地上のデータセンター向けGPUであるNVIDIA H100を軌道上で稼働させている、現時点で唯一とみられる企業です。しかも、そのH100を使って軌道上でモデルの学習まで実施しています。宇宙向けGPUの多くはエッジ処理を想定した設計であり、データセンター級のGPUをそのまま宇宙に持ち込んだ事例とは意味合いが異なります。
この初号機Starcloud Oneから得られたデータは、NVIDIA側にも共有されています。NVIDIAは宇宙向けとしては初となる専用GPU、Vera Rubin Space-1を開発中で、Starcloudはその設計に知見を提供する立場にあります。Johnston氏によれば、NVIDIAは他のどの投資家よりも踏み込んだ技術デューデリジェンスを実施したとのことです。
宇宙向けチップはまだ形になっていません。Starcloudは2028年後半の軌道投入を目指しています。技術者が追いかけている設計上の勘所は3つあり、チップの動作温度と発熱を捨てるラジエーターの大きさの関係、放射線遮蔽をどこに配置するか、そして打ち上げ時の激しい振動に耐えるための堅牢化です。いずれも地上のサーバー設計では表に出てこない制約です。
従業員25人で10万平方フィートの生産ライン
会社の規模自体は、まだ小さい部類に入ります。従業員は25人で、増員中の段階です。
一方で、生産設備の準備は先行しています。ワシントン州ウッディンビルにある10万平方フィート(約9,300平方メートル)の施設に、製造ラインを構築中です。この場所は、SpaceXやAmazonが通信衛星を製造している拠点の近くにあたります。衛星量産の人材と部材が集まる地域に腰を据えた形で、Starcloud-3以降の機体を自前で量産していく構えがうかがえます。
まとめ
Starcloudの2億5,000万ドルは、軌道上でAIを動かす技術そのものよりも、それを宇宙へ運ぶ手段を確保するための資金という色合いが濃いラウンドです。H100の軌道運用という実績がNVIDIAの出資を引き寄せ、次はVera Rubin Space-1という専用チップにつながっていきます。技術の目処が立ちつつある一方で、Falcon 9の終了とStarshipの立ち上がり時期という外部要因が最大の変数として残りました。2027年のStarcloud-2、2028年後半の宇宙向けGPU投入が、この構想の現実味を測る節目になります。
