Debianプロジェクトが、生成AIを使った貢献の扱いを一般決議で決めました。8月28日に締め切られた開発者投票の結果、9つの選択肢のうち「生成AIの責任ある利用」が勝ち残り、8月29日に確定しています。禁止も推奨もせず、成果物の責任は提出した貢献者に帰するという内容で、AI利用の開示も義務ではなく推奨にとどまりました。

9択の投票で残ったのは中間案

今回の一般決議は「LLM usage in Debian」という表題で、7月23日から議論が始まりました。当初は8月13日までの予定だった議論期間は途中で延長され、投票はUTCの8月15日0時から8月28日23時59分59秒まで行われています。

投票用紙に並んだのは、提案8件と「上記のいずれでもない」を合わせた9つの選択肢です。内容の幅はかなり広く、社会契約を改定してLLMによる貢献を全面的に禁じる案、条件付きで許可する案、行動規範を更新して実務上可能な限り排除する案、Debian固有の作業に限って受け入れる案、直接の貢献は人間が行うと定める案、気候への負荷を理由に利用を避けるよう求める案までが並びました。

勝者となったのは、Marc Haber氏が提案したOption 5「生成AIの責任ある利用」です。Debianは投票にCondorcet法を採用しており、最終的にSchwartz集合へ残ったのはこの1案だけでした。

決議が開発者に求めること

決議の骨子は、生成AIを特別扱いしないという一点に集約されます。Debianは生成AIツールの利用を支持も禁止もしませんが、提出された貢献は、どんなツールで作られたかにかかわらず、品質・正確性・保守性・法的適合性について同じ基準を満たす必要があります。

そのうえで貢献者には、AIが出した内容を理解し、レビューし、テストし、必要なら手を入れてから取り込むことが求められます。人のレビューを挟まずにAIの生成物をそのままアップロードする行為は、Debianが積み上げてきた開発慣行と相いれないと明記されました。

セキュリティ面の線引きは具体的です。公開前のセキュリティバグの情報、暗号鍵、認証情報、非公開のやり取りといった機密情報を、明示的な許可なく第三者のAIサービスへ渡すことは認められません。多数のパッケージに影響する一括バグ報告や大規模なコード変更についても、従来どおり事前の議論と合意が必要で、自動処理には挙動と出力に責任を負う人間の監督を置くことが求められます。

一方で決議は、AI生成物の著作権や著作者性、ライセンスをめぐる法的な論点には踏み込まないと宣言しています。各国で議論が続いている問題を一般決議で片づけるつもりはなく、判断は個々の貢献者の責任に委ねる、という整理です。

禁止案は3対1の壁を越えられなかった

Debianの有権者となる開発者は1,045人で、この規模だと定足数は48.49票です。8つの提案はいずれも定足数を満たしましたが、そこから先で明暗が分かれました。

社会契約そのものを書き換えてLLMによる貢献を禁じるOption 1は、社会契約の改定にあたるため3対1の特別多数を必要とします。集計は「上記のいずれでもない」に対して144対257で、比率は0.560にとどまり、ここで脱落しました。行動規範の更新を伴うOption 3も176対230の0.765で、単純多数にすら届いていません。

対するOption 5は281対126で比率2.230を確保し、他の選択肢との一騎打ちでもすべて勝っています。条件付き許可のOption 2には203対148、慎重姿勢を打ち出したOption 6には210対130、Debian固有の作業に限るOption 4には232対115という結果でした。禁止寄りの案が早々に落ちる一方で許容側の案が横並びに残り、その中で最も穏当な書きぶりが選ばれた形です。

開示を義務にしなかった一点

実務面で次点のOption 2との差が最も出るのは、開示の扱いです。Option 2は、貢献の相当部分をツールが生成した場合に開示を求め、コミットではGenerated-By:やAssisted-By:といったGitトレーラーを使う運用まで例示していました。

これに対してOption 5は、開示を推奨はするものの義務にはしていません。AI利用の有無をコミュニティ側が機械的に把握する手立ては、今回の決議では用意されなかったことになります。実効性を担保するのは、貢献者一人ひとりの自己規律です。

Debianはこれまでも、配布物に入る成果物には厳しい基準を課す一方、開発者が手元で使うツールには口を出さない立場を取ってきました。今回の決議は、その延長線上に生成AIを置いたものと読めます。

まとめ

Debianは生成AIを禁止も推奨もせず、既存の基準をそのまま適用するという結論を選びました。全面禁止を求める案が3対1の壁に届かず、開示を義務づける案も退けられた以上、当面は貢献者の判断に委ねる運用が続きます。歴史のある大規模プロジェクトが公式に態度を示した意味は小さくなく、同じ議論を抱える他のオープンソースプロジェクトにとっても参照点になりそうです。