社名もロゴもプレスリリースも無いまま、100万トークン級のコンテキストを持つコーディングモデルがOpenRouterに現れました。名前はOx Alpha、提供元の表示は「Stealth」だけです。公開から数日で開発者コミュニティが正体の特定に動き、8月22日までに集まった証拠は中国のZhipu AI(Z.ai)の配信基盤を指しています。ただし公式な認否はいまだに出ていません。
匿名のまま現れた高性能モデル
Ox Alphaが確認されたのは2026年8月20日です。OpenRouterのモデル一覧に stealth/ox-alpha として並び、開発元を示す情報は何も添えられていませんでした。オープンソースのコーディングエージェントOpenCodeは、この一週間ほど、つまり8月27日前後まで無料で使えると案内しています。匿名の提供元は1日あたり100兆トークンの処理能力があると主張しています。
開発者がまず注目したのは、コンテキストウィンドウの大きさでした。1,048,576トークン、つまり約100万トークンを一度に扱えます。実運用に耐える多くのモデルが8,000から20万トークンの範囲で設計されていることを踏まえると、これは段階的な改良というより道具の性質そのものが変わる水準です。大きめのコードベースを丸ごと1つのプロンプトに載せて、その全体を見渡した回答を求められます。
入力はテキストに加えて画像と動画を受け付け、関数呼び出しと構造化JSON出力にも対応します。スループットは毎秒29トークン前後で推移しており、この規模のコンテキストを処理するモデルとしては素直な数字です。
開発者が積み上げた4種類の証拠
正体探しは、印象論ではなく計測で進みました。
最初に使われたのはトークナイザー(文章を数値の単位に分割する仕組み)の指紋照合です。モデルの系統ごとに語彙や分割の癖が異なるため、同じ文字列を投げたときのトークン数が一致するかどうかが手がかりになります。研究者が14の文字体系、絵文字、コード、SQLを含む30種類の文字列で試したところ、すべてがGLM-5.3のトークナイザーと一致しました。しかも毎回きっかり75トークンぶん多くカウントされており、これはモデルの違いではなく、リクエストの前に見えない指示文やルーティング用の記述が差し込まれていることを示します。
2つ目は動画エンコーダーの挙動です。Ox Alphaは動画入力を受け付けますが、1秒あたりの抽出フレーム数の決め方、再生時間に対するトークン消費の増え方(およそ毎秒147トークン)、解像度を変えたときのトークン数の変化という3つの設計上の選択が、Zhipuのマルチモーダルモデル GLM-5V-Turbo と同時に一致しました。数字が1つ揃うだけなら偶然もあり得ますが、独立した3つが同時に揃う確率はかなり低くなります。
3つ目が決め手になりました。パラメーターにわざと不正な値を入れて壊れたリクエストを送ったところ、サーバーがJavaのエラーとスタックトレースをそのまま返し、内部クラス名 com.wd.paas.api.domain.v4.chat.ChatCompletionRequest が露出したのです。このパッケージ構成は、Zhipuが公開しているAPIの構造と対応します。
4つ目はエラーコードの方言です。役割フィールドに不正な値を渡すと、Ox Alphaは code 1214 と Incorrect role information を返します。これはZ.aiがホストするGLMと同じ形式で、別の事業者が同じ重みのGLM-5.2をホストしている場合には異なる形式のエラーが返ります。つまりこの証拠が指しているのは、使われているモデルの重みではなく、それを配信している事業者そのものです。
調査にあたった開発者は、配信事業者レベルでの確度を0.98、あるいは99パーセントと表現しています。それでもZhipu AIとOpenRouterのどちらからも、認める発言も否定する発言も出ていません。
ベンチマークの数字は速報値として扱う
性能面では、実際のソフトウェア開発課題を解かせるDeepSWEで10問中8問を通過、正答率80パーセントという結果が出回りました。同じ課題でClaude Fable 5が65パーセント、GPT-5.6-Solが52パーセントだったとされています。
ただし、これは監査された公開リーダーボードの数字ではなく、有志が10問だけで走らせた計測です。10問しかない以上、1問の成否で正答率が10ポイント動きます。大手の研究所が引用する指標でもないため、傾向を示す速報値として読むのが妥当です。8月19日にOpenRouterの買収に合意したStripeのPatrick Collison最高経営責任者(CEO)が高く評価する発言をしたことで注目が一気に加速した面もあり、数字だけが独り歩きしやすい状況になっています。
ステルス公開はすでに定番の手法
Ox Alphaは、この半年でOpenRouterに現れた5番目のステルスモデルにあたります。先行する4件は、Z.ai自身のGLM-5、Hunter AlphaやHealer Alphaという名前で登場したXiaomiのMiMo-V2-Pro、Ant GroupのLingxi Ling-2.6-flash、MeituanのLongCat-2.0で、いずれも試用期間の終了後に開発元が名乗り出ています。
匿名で出す利点ははっきりしています。研究所の看板が付いていると、評価する側の期待や先入観が結果に混ざります。名前を伏せれば、出力そのものだけで判断されます。研究所の側は、実運用に近い負荷でモデルを試した大量のデータと、正式発表の時点ですでに使い慣れた利用者層を同時に手に入れられます。1日100兆トークンぶんの無料推論を賄う費用は安くありませんが、その一部が有料利用に転じる前提であれば計算は合います。
送ってよいデータの線引きが曖昧
実務で気をつけたいのは、性能よりもデータの扱いです。
OpenRouterのOx Alphaのページには、プロンプトと応答は保持されるが提供元による学習には使われない、という趣旨の説明が載っています。一方で、ステルスモデル全体に適用される利用規約は、OpenRouterと匿名の提供元がユーザーの内容を学習・評価・改善に利用できるとしており、それを望まない場合はステルスモデルを使わないよう求めています。入力に含まれる個人データが提供元へ送られることも明記されています。この2つがどう整理されるのかは、公開されている資料からは読み取れません。
さらにOpenCode経由の場合は、保持期間ゼロで学習にも使わないと案内されています。同じモデルでも経路によって表明されている方針が違うわけです。機密性のある内容を扱うなら、この差は無視できません。
仮に配信元がZ.aiだとすると、別種の論点も加わります。Z.aiは北京のZhipu AIの国際向け名称で、2026年1月に香港証券取引所へ上場しています。中国に本社を置く組織は国家情報法第7条の適用を受け、また同社は2025年1月に米商務省のエンティティリストに掲載されました。2026年5月には米下院の委員会が、重要インフラにおける中国製AIモデルのセキュリティ上の懸念について調査を開始し、同社もその対象に含まれています。これらは実際に何かが起きたという話ではなく、前提となる制度上の条件です。自社のコードベースを通すかどうかを判断する材料としては、押さえておく価値があります。
まとめ
Ox Alphaは、100万トークンのコンテキストと画像・動画対応を備えたコーディングモデルとして、匿名のまま無料で公開されました。トークナイザー、動画エンコーダー、スタックトレース、エラーコードという4方向からの検証は、いずれもZhipu AIのGLM系統とZ.aiの配信基盤を指しています。ただし公式な確認は取れておらず、ベンチマークの数字も10問規模の速報値です。無料で試せる期間は8月27日前後までとされているので、触ってみる価値はありますが、何を投げるかは経路ごとの方針を確認したうえで決めるのが安全です。
