NVIDIAは、ドイツ・ハンブルクで開かれている計算科学の国際会議「ISC」で、科学研究を加速する新しいソフトウェア群を発表しました。化学・材料の探索から暗黒物質の捜索まで、これまでCPUで数時間から数日かかっていた処理を、GPUでリアルタイムに近い速度へと引き上げるのが狙いです。中心となるのは「cuPhoton」「DAQIRI」「ALCHEMI」の3本で、いずれもNVIDIAのソフトウェア基盤「CUDA-X」の一部として提供されます[1][2]。

天文データを桁違いに速くする「cuPhoton」

cuPhotonは、望遠鏡やX線、レーザー実験などから得られる多次元データを読み込み、処理・解析・可視化するための参照コード(開発の土台になるサンプル実装)です[1]。天体物理学や天文学の分野で、ペタバイト級の膨大なデータを扱う研究を後押しします。

実際の効果は数字に表れています。NVIDIAの最上位システム「GB200 NVL72」上で動かしたところ、cuPhotonはFITS(天文分野で標準的に使われるデータ形式)の読み込み速度を、初期アクセス段階で最大14,900倍に高速化しました[1]。対象となったのは、ルービン天文台の大規模観測計画「LSST」が集めた画像データです。さらに32基の「Grace Blackwell」スーパーチップを用いた構成では、信号処理と解析が最大8,400倍速くなったとしています。LSSTで使われるカメラは、これまでに作られた中で最大級のデジタルカメラとされ、遠方の銀河から光をほとんど反射しない微かな天体まで撮影します。

cuPhotonはNVIDIAとPrinceton大学が共同で開発したもので、Harvard大学とともに、観測所やダークエネルギー探査から得られる大量データの処理・解析に使われる予定です[1]。一般提供は今夏が見込まれています。

取りこぼしていた実験データを実時間で扱う「DAQIRI」

DAQIRI(Data Acquisition for Integrated Real-time Instruments の略)は、高速な検出器やセンサーから出てくるデータを、NVIDIAのソフトウェアへ滞りなく流し込むための高性能なネットワーク用ライブラリです[1]。従来の仕組みは特定のハードウェアに縛られ、装置がデータを生み出す速さに保存が追いつかず、取りこぼしが起きることがありました。DAQIRIは届いたデータをそのまま受け流すことで、この課題に対応します。

具体例として、CERN(欧州合同原子核研究機関)の研究プロジェクト「A-GHOST」が挙げられています。CERN・シカゴ大学・ロンドン大学ユニバーシティ・カレッジ(UCL)の研究者がCERN openlabの枠組みで進めるもので、DAQIRIを使って、CERNのATLAS実験が記録する衝突データにAIをリアルタイムで適用します[1]。ATLASでは保存容量の都合上、記録されるデータの99パーセント以上が通常は破棄されますが、A-GHOSTはそこに埋もれた興味深い信号を拾い上げることを目指しています。DAQIRIはすでにGitHubで公開されています。

材料・化学の探索を並列化する「ALCHEMI」

ALCHEMIは、化学と材料の探索を加速するための専用マイクロサービス群と開発ツールキットです[1][3]。電池材料や触媒、OLEDディスプレイ、化粧品など、幅広い分野での活用が想定されています。NVIDIAは3月に、構造を安定させる計算(BGR)と分子の動きを再現する計算(BMD)を一括処理する2種類のNIMマイクロサービス(用途ごとに切り出したAI機能を、必要なときに呼び出せる形にしたもの)を公開しました[1]。これにより、数百万規模の分子や材料を一度にシミュレーションできるようになります。

実例として、自律的な研究プラットフォームを開発するLila Sciencesは、ALCHEMIのBGR向けマイクロサービスを使い、有望な材料の絞り込みを50倍に高速化しました[1]。さらに、絞り込んだ候補の磁気特性の計算も30パーセント速め、ALCHEMI独自の処理によってAIモデルの学習と推論を6倍に、メモリ使用量を3分の1に抑えたとしています。これまで数週間かかっていたシミュレーションが、数日で済むようになった計算です。

このほか、原子配置を最も安定した形に整える計算では、汎用的に使われる「VASP」向けのマイクロサービスがこの夏に追加される予定で、複数の計算を1基のGPUに同居させることで3倍の高速化を見込んでいます[1]。ALCHEMIのツールキットはGitHubとPyPI、NIMマイクロサービスはNVIDIAのカタログ「NGC」から入手できます。

まとめ

NVIDIAがISCで公開したcuPhoton・DAQIRI・ALCHEMIは、いずれもCUDA-Xの一部として、科学研究の現場で生まれる膨大なデータを高速に処理することを狙ったソフトウェアです。天文データの読み込みを最大14,900倍に速めたcuPhoton、取りこぼしていた実験データを実時間で扱うDAQIRI、材料探索を50倍に絞り込んだALCHEMIと、いずれも具体的な成果を伴って示されました。研究者がより速く、より多くの仮説を試せるようになる流れは、創薬や新素材、宇宙観測といった分野の進展を後押ししそうです。

出典:https://blogs.nvidia.com/blog/ai-for-science-software-cuda/

出典:https://www.nvidia.com/en-us/technologies/cuda-x/

出典:https://developer.nvidia.com/cuda/cuda-x-libraries/alchemi