中国の生活サービス大手Meituanが、自律的にコードを書く「エージェント型コーディング」向けの大規模言語モデル「LongCat-2.0」を公開しました。総パラメータ数は1.6兆に達しますが、1回の処理では一部だけを動かす仕組みで計算量を抑え、100万トークンという長い文脈も扱えます。最大の特徴は、学習をすべて中国国内製のチップだけで行った点です。本記事では、モデルの中身と価格、そして業界に与える意味を整理します。

話題を集めた「Owl Alpha」の正体

公開前から、LongCat-2.0はすでに世界の開発者の間で存在感を放っていました。さまざまなAIモデルを横断して呼び出せる基盤「OpenRouter」で、素性を明かさない「Owl Alpha」という名前のモデルが約2か月にわたって利用量の上位を占めており、その正体がLongCat-2.0だったとMeituanが明らかにしたのです。

公開後に整理された運用データによると、Owl AlphaはOpenRouterで月間およそ10兆トークンを処理し、1日あたりでは平均約5,590億トークンに達していました。前月比では利用量が242パーセント増え、世界の利用ランキングで上位3位に食い込んでいたとされます。名前も素性も伏せた状態でこれだけ使われていた事実は、性能とコストの両面で開発者の支持を集めていたことを示しています。

1.6兆パラメータでも動くのは一部だけ

LongCat-2.0は、必要な部分だけを選んで動かす「Mixture-of-Experts(MoE、複数の専門家モデルを使い分ける方式)」を採用しています。総パラメータ数は1.6兆と巨大ですが、1つのトークンを処理する際に実際に動くのは平均で約480億パラメータにとどまり、問いの複雑さに応じて約330億から560億の範囲で増減します。単純な処理は軽い経路に流す「Zero-Compute Experts」という設計により、常に全体を動かす高密度モデルにありがちな無駄を減らしています。

長い文脈を扱うための工夫もあります。Meituanは、DeepSeekが採用した疎な注意機構を発展させた「LongCat Sparse Attention(LSA)」を導入し、100万トークンの文脈を現実的な負荷で処理できるようにしたと説明しています。ソースコード全体をまとめて読み込ませたうえで、修正や生成を任せるような使い方を想定した構成です。

ベンチマークと攻めの価格設定

公開資料では、実際のソフトウェア開発課題を解かせる「SWE-bench Pro」で59.5点を記録し、OpenAIのGPT-5.5(58.6点)をわずかに上回ったとしています。ターミナル操作を評価する「Terminal-Bench 2.1」では70.8点でした。ただしこれらはいずれもMeituan側が公表した数値であり、実際の使い勝手は扱うタスクや条件によって変わるため、第三者による検証も踏まえて受け止める必要があります。

ライセンスは商用利用にも制約の少ないMITライセンスを採用し、GitHubやHugging Faceでの公開が進められています。API経由の利用料金も攻めた水準です。標準価格は入力100万トークンあたり0.75ドル(約120円)、出力100万トークンあたり2.95ドル(約475円)で、期間限定の割引時には入力0.30ドル(約48円)、出力1.20ドル(約193円)まで下がります。さらに、いったん読み込んだ文脈を再利用する「キャッシュ」が効いた分は無料としています。

※1ドル=161円換算(2026年7月3日時点)

中国製チップだけで学習した意味

技術面以上に注目されているのが、学習環境です。LongCat-2.0は、5万枚を超える中国国内製のAIチップ(ASIC)で構成したクラスターだけで学習されました。生成AIの最先端モデルの多くがNVIDIA製GPUに依存してきたなかで、国産チップだけでフロンティア級に近いモデルを仕上げられることを示した形です。

この動きは、米国が先端AIを巡る輸出規制を強めている時期と重なります。実際、OpenAIは新しいGPT-5.6系の提供範囲を絞り、Anthropicも最新の「Claude Fable 5」を一時的に取り下げる対応を取りました。規制で西側の高性能モデルへのアクセスが狭まるほど、安価で高性能な中国発のオープンソースモデルへ開発者が流れる余地が広がる、という指摘もあります。一方で、公表されたベンチマークの優位がそのまま実運用の優位を意味するとは限らず、地政学的な影響も含めて評価が定まるには時間がかかりそうです。

まとめ

LongCat-2.0は、1.6兆パラメータのMoE構成をとりながら実際に動く部分を絞り、100万トークンの文脈とコーディング性能を両立させたオープンソースモデルです。MITライセンスでの公開と、キャッシュ無料を含む思い切った価格設定は、閉じた商用モデルが主導してきた自律的ソフトウェア開発の市場に揺さぶりをかけます。中国国内製チップだけで学習した点も含め、性能とコスト、そして供給網の面から今後の動向が注目されます。ただし性能評価はまだ提供元の公表値が中心であり、実力の見極めには第三者の検証を待つ姿勢が欠かせません。