スマートフォンのような見た目でありながら、中身は完全に開発者向け。LILYGOの「T-Display K230 Kit」は、RISC-Vプロセッサと4.1型AMOLED、LoRa無線、そして取り外せるQWERTYキーボードを1台にまとめた小型ハンドヘルドです。既存のT-Display K230にキーボードと専用筐体を組み合わせた構成で、価格は150.31ドル(約2万3,900円)から。電波の届かない場所でも文字を打って通信できる端末を、自分で作りたい人に向けた製品です。
心臓部はAI処理まで抱えたRISC-V
搭載SoCはKendryteの「K230」です。64ビットのRISC-Vコアを2基持ち、動作クロックはそれぞれ1.6GHzと800MHz。この非対称な組み合わせは、重い処理と常時動く軽い処理を分担させる設計思想によるものです。
注目したいのは、CPU以外に載っている演算ブロックの多さです。AI推論を担うKPU、3D処理のDPU、2.5D描画のGPU、そしてH.264とH.265のコーデックを扱うVPUが個別に用意されています。つまり画像認識や動画のデコードを、汎用コアに頼らず専用回路へ流せます。メモリはLPDDR4を1GB分(8Gb)搭載し、ストレージは側面のmicroSDカードスロットで賄います。
前面を占める4.1型AMOLEDは、RM69A10ドライバで解像度は568×1232ドット。カメラは2MPのGC2093で、1080pの撮影に対応します。このカメラモジュールは前方へ回転させられるので、外向きにも自分側にも向けられます。HDMI出力も備えており、1080p/30fpsで外部ディスプレイへ映像を送れます。
圏外でも文字が届く、3系統の通信
通信手段が3種類そろっているのが、この端末のいちばんの個性です。
Wi-FiはRTL8189モジュールによる2.4GHz帯のIEEE 802.11b/g/n。有線はRC01812コントローラー経由でフルサイズのRJ45ポートが生えており、手のひらサイズの機器にLANケーブルを挿せます。そして構成によってはSX1262のLoRaトランシーバーが載り、868MHz、915MHz、923MHzの各バンドを扱えます。別バージョンとして830〜940MHzをカバーするLR2021搭載モデルも用意されています。
LoRaは通信速度こそ遅いものの、消費電力が小さく、見通しが良ければ数キロメートル先まで届きます。基地局もインターネット回線も要らないため、山間部やイベント会場、災害時の連絡手段として使われてきました。そこに物理キーボードが加わると、端末単体でメッセージを打って飛ばせる小さな無線機になります。筐体にはMMCXコネクターが用意されており、外部アンテナへの換装も想定されています。
分解して遊べる設計
拡張まわりも作り込まれています。メインのK230とは別に、nRF52840というマイコンが同居しており、専用の拡張ヘッダーからGPIOと3.3V、5V、GNDが取り出せます。nRF52840のデバッグ用に独立したUSB端子まで用意され、SWD信号も拡張インターフェース側から触れます。I2C機器をつなぐQwiicコネクターもあるので、市販のセンサーモジュールを配線なしで足せます。
そのほかUSB Type-Cが2ポート(片方は5V給電、もう片方はUSB OTG)、3.5mmヘッドホン端子、マイクとスピーカー(MAX98357Aアンプ駆動)、内部の温度を測るAHT20センサーが載っています。本体サイズはキーボードを外した状態で104×51×15.5mm、給電は5V/500mAです。
キーボードは着脱式で、数字列、ファンクションキー、方向キー、修飾キー、そして追加のナビゲーションボタンを備えたQWERTY配列。ソフトウェア面ではCanMV/RT-Smartのファームウェアが公開されており、GitHubのリポジトリではバージョン1.3でLR2021、バッテリー機能、キーボード、GPS、LTE-M、ファン、スピーカー、AHT20への対応が追加されています。サンプルコードとビルド手順も同じ場所にまとまっています。
価格はパーツ単位で組み立てる方式
販売はキット全体の一括ではなく、パーツ単位の組み合わせです。SX1262(868MHz)を載せたCoreSetが150.31ドル(約2万3,900円)、LR2021(830〜940MHz)のCore Unitが153.01ドル(約2万4,300円)。キーボードは別売りで、nRF9151モジュール付きが113.25ドル(約1万8,000円)、モジュールなしが70.94ドル(約1万1,300円)となっています。
※1ドル159円換算(2026年8月24日時点)
本体とキーボードをそろえると3万5,000円前後になる計算で、ミニPCが買える価格帯です。ただしこれは完成品を買う話ではなく、SoCの周辺回路と無線と入力装置が一通り載った土台を手に入れる話です。同等の構成をブレッドボードから組み上げる手間を考えれば、決して高いとは言い切れません。
まとめ
T-Display K230 Kitは、RISC-VのAI対応SoCに、AMOLED、カメラ、LoRa、有線LAN、そして物理キーボードまで詰め込んだ開発キットです。スマートフォンの形をしていますが、狙っているのは通話ではなく、圏外での通信やエッジAIの実験といった用途でしょう。nRF52840の拡張ヘッダーやQwiicコネクターが最初から用意されている点を見ると、完成品として使うより、自分の用途に合わせて回路を足していく前提の製品だと分かります。手を動かして何かを作りたい人にとっては、久しぶりに触りがいのある土台が出てきた印象です。
