Googleが、ゼロ知識証明(ZKP)のライブラリ「Longfellow」を、Linux Foundation Europe傘下のPost-Quantum Cryptography Alliance(PQCA)へ寄贈しました。年齢確認のような場面で、氏名や生年月日を相手に渡さずに「18歳以上である」という事実だけを証明するための暗号ライブラリです。1社が抱え込む形をやめ、中立な団体のもとで誰でも監査・採用できる状態にすることが今回の狙いです。
「18歳以上です」という1点だけを渡す
ネット上の年齢確認は、これまで身分証の画像や、そこに書かれた生年月日をそのまま相手に渡す形で運用されてきました。確認する側にとっては手堅い方法ですが、知りたい条件は1つしかないのに、氏名や住所、証明書番号まで一緒に渡ってしまいます。渡した先で情報がどう保管されるかは、渡した本人には見えません。
ゼロ知識証明は、この不釣り合いを解消する暗号技術です。手元のデジタルIDに含まれる情報を材料にして、「18歳以上という条件を満たしている」という結論だけを相手に納得させ、それ以外は一切明かしません。Googleはこの仕組みをデジタルIDと組み合わせる用途を想定してLongfellowを設計し、2025年にオープンソースとして公開しました。
既存の身分証規格に後付けできる設計
Longfellowが扱うのは、独自に作られた新しいIDではありません。ISOのmdoc(モバイル運転免許証などで使われる規格)、JWT、W3CのVerifiable Credentialsといった、すでに広く使われている身分証明のフォーマットに対してゼロ知識証明のプロトコルを組み立てられるようにしたライブラリです。
新しい規格を1から普及させるのではなく、すでに配布が始まっているデジタルIDの上に検証の仕組みだけを足す。この設計にしたことで、ウォレットアプリや発行元の側を作り直さなくても、証明の方式だけを差し替えられる余地が生まれます。普及の壁になりやすい移行コストを避けた形と言えます。
コードはGitHubのgoogle/longfellow-zkリポジトリで公開されており、開発者は自分のプロダクトに年齢確認の仕組みとして組み込めます。
寄贈先が「ポスト量子」のアライアンスである意味
移管先となったPQCAは、2024年2月にLinux Foundationのもとで発足した団体です。量子コンピュータの実用化によって既存の公開鍵暗号が破られる事態を見据え、標準化された耐量子アルゴリズムの実装を高い品質で用意することを目的にしています。創設メンバーにはAmazon Web Services、Cisco、Google、IBM、NVIDIA、SandboxAQ、ウォータールー大学などが名を連ね、Open Quantum Safeというプロジェクトも同アライアンスの傘下にあります。
身分証は、いったん配布されると10年単位で使われ続けるものです。今日の暗号で作った証明が、数年後に登場する計算機で読み解けてしまうと困ります。デジタルIDの検証技術を耐量子暗号の文脈に置いたのは、その時間軸を意識した判断とみられます。
Longfellowは現在、学術と産業の専門家によるパネルが独立した立場から2件のセキュリティレビューを進めており、その報告書はプロジェクトのドキュメントで確認できます。中立な団体に移すことで、こうした第三者による検証が続く前提を制度として固めた形です。
残っているのは相互運用性の問題
Googleは寄贈後もLongfellowの開発とサポートを公開の場で続けると説明しています。そのうえで、この種の仕組みを実際に動かすには公的部門と民間の協働が欠かせないとし、あらゆる端末、ブラウザ、ウォレットをまたいで機能する相互運用性のある基盤を目指すとしています。
年齢確認をめぐる規制は各国で強まっており、事業者としては何らかの確認手段を用意せざるを得ない状況です。そのときに選べる方式が「身分証をまるごと預ける」しかないのか、「条件を満たしていることだけを渡す」も選べるのかで、利用者側の負担は大きく変わります。ライブラリが中立な場所に置かれ、監査可能な状態で誰でも採用できることは、後者を現実的な選択肢にするための下地にあたります。
まとめ
Googleは、デジタルID向けのゼロ知識証明ライブラリLongfellowをLinux Foundation Europe傘下のPQCAへ寄贈しました。ISO mdocやW3C Verifiable Credentialsといった既存規格の上で、年齢などの条件だけを証明できるようにする技術です。耐量子を掲げるアライアンスに移したことで、長期利用が前提の身分証にふさわしい管理体制と、第三者による継続的な監査の枠組みが整いました。実際に使えるかどうかは、今後どれだけ多くのウォレットやブラウザが同じ方式を実装するかにかかっています。
